電伝虫が面白い声で鳴いたので、おや、といぶかしみながらは庭の手入れをしている手を止めた。

魔女の力はなくなったが、叡智がないわけでもなくて、赤犬家の庭は四季をキレイにシカトした年中春と夏の植物が入り混じっている。大きな向日葵の群れに埋もれていた顔を上げてからもう一度首を傾げた。

「珍しいねぇ、誰からだろ」

サカズキの主張によりこの家の電話番号を知っているのは海軍本部の大将・元帥・大参謀、それに水の都の市長のみである。
はとてとてと家に入り、廊下に設置されている電話台、上の受話器を手に取った。

「もしもし?」
『あ、すいませーん。いつもお世話になってます××商店の者ですがー』

電伝虫が人のよさそうな顔を作り、聞きなれた声を語った。

相手はいつもこちらまで頼んだ商品を宅配してくれる問屋の店主だ。

を一歩も外に出したくない、というサカズキの意向により必要なものはすべて電話での注文・配達となっている。
××商店はその取引先の一つで主に食品関係をお願いしているところだ。
店主は白髪交じりの人の良い老人である。

の魔女時代からいろいろオマケしてくれたのではサカズキに「ここがいい」とお願いして決めた。

「あ、こんにちは」

は電話だというのにぺこり、と頭を下げた。

『あ。奥さんですかい?あのですね、すいません、実は今日の配達、少し遅れそうなんですよ』
「なにかあったの?」

、基本的に敬語を使わない。相手もを、一応は奥さんと呼んでいるが、実際は赤犬さんのところのお嬢さんだと思っているらしく(が何度言
っても笑って信じてくれなかった)ぞんざいな口を聞いても子供の可愛らしい言動とニコニコしている。

『実は、うちの家内がね、ぎっくり腰になってしまって。今から病院へ行くところなんですよ。それで、そちらの配達がその後になっちまいそうで・・・』

××商店には配達用の車があるのみ、夫婦二人での経営のためだろう。はうんうんと頷いた。

「それなら配達は明日でもいいよ」
『いいんですか?』
「今日の夕ご飯の分と朝ごはんの分なら今から買いに行けばいいし。おかみさんを大事にしてあげてね」
『すいませんねぇ。本当、助かります』

は時計を見た。時刻は三時。お茶の時間だが、こういうときはイレギュラーである。何度もすまなそうに謝る店主にもう一度奥さんへの気遣いを告げて、は電話を切った。

そしてパタパタと洗面所へ行き、土いじりをしていた手をキレイに洗うと、そのまま庭の窓を閉めて寝室へ向かった。

「えーっと、どこだっけ?ぼく、どこにしまったっけなぁ…っていうかあるっけ?」

ガサゴソとウォークインクローゼットを漁り探すのは外出用の服である。

出かけないのをいいことに、は昔(リリス時代)のままの格好(つまり中世の女性の服装・ロングスカート・ロングエプロン)を好んで着用しているが、この時代にそれが一目を引くのは解っている。

まだ本部にいた頃のワンピースを探そうと漁るのだが、見つからない。まぁ、それも当然である。パンドラ戦にての消失後本部にあるの私物は全て捨てられた。それからはホーキンス海賊団にいて、その頃の服は何着かあるが。
それでも一着くらい何か外出用に着ておかしくないものがないか探しているが、一般人の服装ではないものばかりだ。

うーん、とは呻り、衣装部屋を見渡した。サカズキの趣味なのかどうか知らないが、外出しないの衣服ばかりがある。しかし、時代がちょっとおかしかったり、これで歩けないよね!?という突っ込みが入りそうなものばかりだ。

なので外に出る、という意識がその辺からも根こそぎ奪われる。あれ、これ確信犯?とか思わなくもない。が、まぁそれはそれ。

しかし、現実問題今日の食材くらいは買いに行きたい。いや、簡単な夕食分くらいなら材料はあるし、暑いので素麺という手もある。(ネギもわさびもない。ミョウガは庭で採れるので問題はないが、やはり素麺んはネギだ)は一日を仕事で疲れて帰ってくるサカズキに、手抜きをした料理を出したくはない。

いや、の作るものならなんだってあの男は食べるだろうと、ここにミホークでもいれば顔を顰めながら突っ込んだだろうが、生憎ここにはしかいない。

ふと、ハンガーに掛かっているサカズキのシャツ(柄なし。ただの真っ赤)を見上げて思案する。
それと、がさごそっと漁って取り出す、黒いベルト、バックルは金。紫のカラータイツを取り出してはうんうんと頷いた。

「これ借りよう」

鏡に映った自分の姿を眺めてはうんうんと満足そうに頷いた。赤いYシャツは普通に長いのでの膝までくる。袖は折ってしまって、違和感なく。腰に黒いベルトを巻いて、素足ではなくカラータイツにしてしまえば、いける、ような気もする。

赤というのがアレだが、サカズキのシャツはここ数年、基本的にこんなものばっかりである。あれ?なんで20年前はあんなに真面目な格好だったのに、と昔を振り返り時々時間の流れの残酷さ(笑うところ)を感じるが、はサカズキのヤ○ザのような格好がキライではない。というか、寧ろサカズキ限定で大好きだ。同じガラシャツでもどこぞのバカ鳥とは破壊力が違うと太鼓判を押せる。

は勝手に服を借りて申し訳ないとは思ったが、ちゃんと洗濯して元通りにすれば大丈夫だろうと思うことにした。

それで、エコバック一つにサイフを入れて(何かあったときの為に1万ベリーは常に持たされている。微妙な金額)久しぶりに家の外に出た。




+++



「・・・ぼく、甘かったかも」

マリンフォードの商店街にある大きなスーパーに入って数分、は自分の行動を後悔した。目の前で繰り広げられるのは、白髭戦とはまた違う意味で地獄と貸した戦場、・・・早い話が格安タイムセールス。おばさま方、これスタンド使い、あるいは念能力者ですか、と聞きたくなる鬼気迫るもの。牛肉300gが80円とには安いのか高いのかさっぱり見当が付かないが、奪い合う始終。

つかみ合ったり、押し倒したり、あ、サンダル脱いだ人が隣の人蹴り飛ばした。轟く悲鳴、悲鳴。置き去りにされた子供が母を捜して大声で泣いている。

(っていうか、これ、どんな戦場?)

はいかに普段から自分が守られた生活をしているのか実感した。

こんなところで真面目に悟られても、と思うが、結婚した身、そういえば家政を預かるものとしてこういう特売には敏感になっていなければいけなかったのかもしれない。

いや、大将の収入を考えれば特売に縁を持たなくても全く問題ないと思うのだが、ここでの妙な認識。
『奥さん=タイムセールスを勝ち抜く技量が必要』という、おそらくは海賊時代ナミに叩き込まれた情報。あとはコックのサンジにいい食材を出来るだけ安く仕入れて最高の調理をする、とかなんとか。

「ぼ、ぼくも、奥さんなんだから、サカズキのためにこ、これくらい…!」

いや、ご亭主は絶対そんな頑張りは望んでいないと思います。そういう突っ込みを誰かしてやればいいが、生憎誰もいないもの。

ぐっと決意をして、は戦場に参入しようと胸の前に手を当てて一歩踏み出そうとする。その足が床に着く前に、ひょいっと、後ろから羽交い絞めにされた。

「ぶ、ぶ、ぶっ殺されたくな、なかったら、お、大人しくしろぉ!!!」
「…うん?」

てっきりバカ鳥でも出没したのかと身構えたが、頭上で聞こえてきたのはなんとも情けない、震える青年の声。そして首元に当てられる、包丁。

物騒な叫びに、さすがのタイムセールスのオバサマ方も異変に気付き振り返って、そして盛大な悲鳴が上がった。

「きゃぁああああぁああ!!!!!」
「ご、強盗!!!?」

耳をつんざくような悲鳴に、は顔を顰め、そして背後の青年が を押さえたまま、包丁を振り回す。

「お、お前ら!騒ぐな!大人しくしろ!!こ、このガキが死んでもいいのか!?」

ぶんっ、と包丁を振り回せば、おばさま方の悲鳴がさらに大きくなった。それで、ザァアアアと波のように、一目散におばさま連中が逃げ出す。当然青年は「ま、待て!!ここにいろ!」と無茶な要求をするのだが、数の勢いには勝てない。

あっという間に、は青年と二人、スーパーの一角に残されてしまった。

ぽつん、と二人だけになっては気の毒そうに青年を見上げた。
まず自分を人質にしてあとの人間も恐怖で縛り人質にしようとしたのだろう。

(立てこもりというヤツだねぇ。出バナからくじいてるけど)

同情の目を向けると、青年がばっと、の首に包丁を押し付ける。

「く、くそっ!なんで誰もおれの言うとおりにしないんだ!!おれは、おれは…!!!」
「まぁまぁ。落ち着いて、長い人生なんだからいろいろあるよね。ところでぼくも帰りたいんだけど」
「ふ、ふふざけんな!お、お前までいなくなっちまったら!おれはどうすりゃいいんだ」
「自首するとか」

おばさま方が叫びまくったおかげで、きっとすぐにこのスーパーは包囲されるだろう。

「よりにもよって海兵の町のマリンフォードで立て篭もり事件なんて、命いらないってこと?」
「命なんて惜しいもんか!おれは、どうしてもアイツを助けたいんだ!!」
「そんなシリアスネタは聞きたくない」

何、ワケあり?とは顔を顰める。

まぁ、犯罪を犯すものの大半は何か事情があるものと相場は決まっているのだが、基本的には他人に興味はない。

サカズキと結婚して普段はにこにこと従順素直な子だが、のデレ的な部分はサカズキのみに向けられるのであって、その他には基本ツンの子である。

首を突っ込むのはゴメンだとばかりに耳を塞ごうとしたのだが、生憎羽交い絞めにされているのでそうもいかない。

そんなを尻目に、青年がつらつらと犯行動機を語った。

「おれの妹が、人買いに捕まって奴隷にされちまったんだ。なんとか助けようとしたが、相手は世界貴族なんだ…」
「あらまぁ」
「だが、諦められるか!おれの妹だぞ!!?」
「それでマンフォードのスーパーで立て篭もり。何か違うと思うけど」
「だ、黙れ!!!この街なら海軍本部のお偉方の耳にも入りやすい!おれの要求は妹を助けることだ!!大将や元帥ならなんとかできるだろう!!」

それはどうだろうかとは首を傾げた。

基本的にあのバカ共(世界貴族)は自分たち以外をとことん下にみている。いくら海軍本部のお偉いさんに何か言われたからといえ、いや、言われたことを承諾するなど、逆に彼らの自尊心とかややこしいものがあって断固拒否されるのがオチではないのか。がきょとん、と押さない顔をしていると、気付けばいつのまにかぐるぐるとガムテープで身体を拘束されていた。

「・・・せめて縄にしてよ。これ剥がすとき痛いよ。っていうかベトベトするからヤなんだけど」

自分の服なら構わないが、このシャツはサカズキのである。汚したくないと困った顔を向けると、青年が顔を引き攣らせた。

「さっきからなんなんだお前は、人質の自覚あるのか?」

実際のところ危機感はあまりないである。しかしバカ正直にそれを言って怒られるのもなんだ。

「あるある。怖いねぇ、立て篭もり。泣いてしまいそうだよ」
「ば、バカにするんじゃねぇ!!!おれは本気だ!ほ、本気で…!!」

ぐいっと、包丁を頬に当てられた。ぷちっと皮膚の裂ける感触がして、の頬から血が溢れる。
ひぃっと悲鳴が上がったが、のものではなくて、男のものだ。

「き、切れた…!!わ、悪い!そんなつもりじゃ!!」
「いや…つい数秒前に本気とか言ってなかったっけ?」

わりとよく切れたらしい、ダラダラと流れる血に男が包丁を握り締めたまま尻餅をつく。それを呆れたように眺めて、はぐいっと、肩で血を拭った。サカズキのシャツに血が付いてしまったのが、かなり不本意だが、あまりダラダラ流して男がわめくのを聞きたいとは思わない。

それで、ころん、とは仰向けになる。

「ど、どうした!!?痛かったのか!!?」
「いや、なんか疲れちゃって。ぼく寝てるから、頑張りなよ」
「お、おれはどうすりゃいいんだよ!」
「そんなのぼくが知るわけないよ。ぼくは人質なんだから、おっかなびっくり誰かが助けてくれるのを待つしかないんだし」

言っては欠伸をした。普段ならこの時間はお昼寝をしている。眠気が襲いそのままうとうとと瞼を下ろした。

(サカズキがかっこよく助けにきてくれたりとか……うん、あたり一面焼け野原だね、普通に)

ちょっと乙女ちっくな夢なんて見てみたが、どう転んでもいろいろ大変なことになる。
はふわりと欠伸をして、あーだこーだとうだうだ悩む男を放置、とりあえずは軽く眠ることにした。

人質なのに余裕こきすぎだが、冷静に考えてこれまでの過ごしてきた日々からすれば、ただの一般人の、ただの文化包丁での脅しなど何の脅威というものか。




*


ヒマなので(仕事はあるが)サカズキをからかおうと赤犬の執務室を訪れていたクザンは、突然上がったギャアギャアという奇声にぎょっとしえ顔を上げる。

クザンが話しかけても見事にシカトを決めていたサカズキは、その奇声にさして驚いた様子もなく、無表情にガラガラっとデスクの引き出しを引いた。

「なに?」
に何ぞあったようじゃァ」

そういって、取り出したのは藁で出来た、不細工な人形。

それがギャアギャアと騒いでいる。別にに似せているわけでもないが、藁人形。

「…その人形何?」
「あれの自称兄が、に何かあったときに反応するといってよこした」
「あー、そうなの」

海賊のアイテムなど燃やしたいところだが、魔術を使えなくなったの身の危険をいち早く察知できるので渋々置いているらしい。

そんなことを聞きながら、クザンは「え、で、の危機?」と重要な箇所を聞き返す。

サカズキは先ほどから冷静そうだったが、よく見ればその顔、少し焦っているような気もする。

それをじっくりと眺めながら、クザンはぎゃあぎゃあ騒ぐ人形を手に取った。
ごく普通の藁人形だが、あの魔術師が作ったのなら、そういう効果もあるだろう。サカズキは電伝虫で家に連絡をいれているようだが、眉間に皺が寄ったままなところを見ると繋がらないのだろう。

「出かけてるんじゃないの?」
「用がないだろう」
「サカズキの忘れ物を届けに〜とか。かわいいなぁ、
「忘れた物などない」

苛立つサカズキをなだめようと軽口を叩くが、クザンも内心は心配だった。普段完全に軟禁状態です、ソレ、という状況にも不満一つ言わぬが家にいない。それはかなり大問題ではないのか。

「っていってもこの島にいるなら安全だと思うけどねぇ」
「何があるかはわからん。事故にでも遭っていなければいいが」

確かに、その可能性が一番高い。

何しろ、基本的に移動はデッキブラシをウン百年もしていたので歩き方がなっていない。しかも周囲を気にしないでひょこひょこ行くなと言った場所へ行く、入るな、といわれたところへ入る。

以前は蝶を追いかけてそのまま池に落ちたこともあった。

海水ではないため溺れはしなかったがドジっ娘★では済まされない。

何しろの周りには能力者が多いので、もしもがおぼれた時、助けに行ける人間は少なかった。

コートを羽織って部屋を出るサカズキに続き、クザンも部屋を出た。
と、そこへ駆け寄ってくる海兵と遭遇。慌てた様子でサカズキの前まで近づいてきた。

「た、大将赤犬!!!よ、よかった、こちらにおられましたか」
「わしの執務室にわしがおるんは当然じゃろうに。なんじゃァ」

今は一刻も早く家に帰りを探したいところ、呼び止められて不機嫌になったサカズキに睨まれ海兵が怯んだ。

というか、大人気ないだろうさすがにそれは、とクザンが呆れ、ぽんぽん、と海兵の肩を叩く。

「どーしたの?そんなに慌てて、急ぎの任務?」
「い、いえ、そういうわけではないのですが…あの、その、赤犬のお耳に入れておきたいことがありまして…」
「なんじゃァ」

っは、と海兵は一度姿勢を正し頭に手を当てて上官への礼を取りながら、半分叫ぶようにして報告した。

「港付近のスーパーで刃物を持った男が、人質を取り立て篭もっております」
「この街で騒ぎ起こすなんて勇気あるねぇ」
「即刻取り押さえろ」

なんだ、そんな事件かとクザンはあっけに取られた。

海賊があばれている等でも、わざわざ大将が出て行くことでもない。最高戦力がそんな事件で一々出て行くわけいもいかぬ。

赤犬も短く告げて、さっさと帰ろうと踵を返したが(よほど焦っているらしい)まだ何かあるらしい、海兵が続ける。

「は、いや、しかし、一般人の少女を人質にしていまして…!目撃者の話では、赤い髪をした青い目の少女だそうで…」

ぴたり、とサカズキの動きが止まった。クザンもとても嫌な予感がする。

「……その少女ってもしかして」

ギッギギと首を動かして海兵に問いかけると、海兵、二年前に准将に上がった、一度くらいはの世話役になったことのある、海軍将校は顔を引き攣らせながら、頷く。

「…え、えぇ。ただの事件なら発覚と同時に即座に正義の名の元に鎮圧いたします。ですが、目撃情報からどう考えても、その…なので、赤犬に確認して頂きたくて」

この海兵もかつて海の魔女の被害にはあっている。そして赤犬がその魔女を妻に迎えたことも知っている。

つまり、事件を解決するのはそう難しいことではないが、魔女が関わっているのなら一度赤犬の耳に入れておいたほうがいいと、そういう判断だ。優秀だねぇ、とクザンは拍手してやりたくなりながら、サカズキを振り返り、溜息を吐いた。

「…ちょっとサカズキ、何無言で出て行こうとしてんの」
「灰にする」
「何を!? っつーかお前本当に出来るからストップ!!ちょっと、ただの立て篭もり、それも民間人が民間人を人質にしている事件で大将が出ちゃまずいでしょ」

スタスタ本部の外へ向かうその肩をぐいっと掴んで引きとめるが、サカズキの身体から高温の熱が発生してきた。クザンは咄嗟に手を引っ込める。

普通に、能力の相性で溶かされる。
そういう死因は嫌だが、ここでサカズキを見送るのもどうかと思う。

「まぁまぁ、がどこにいるのか解ったんだし、おれらは仕事戻ってればいいじゃない。海兵の町で問題がおきたって、どうにもならんでしょうに」
「あれはわしの妻じゃァ。手を出してタダで済ませるものか」

ドスの効いた声で言わないでください。

海軍本部大将赤犬、え、お前天竜人に手を出されたと手ここまで本気でやる気にはならないだろう。

クザンはただもう、只管呆れた。

「いや、それはわかってるけどさ、おれら大将よ?それにのことだから、別
に人質になってもあっけらかん、としてそうだしねぇ」
「だったらあれを見捨てられるのか」

そういう意味で言っているわけではない。ぽりぽりと頭をかいて、クザンは溜息を吐きたくなった。

かつてドS亭主の名をほしいままにしていた(悪口)サカズキが本当に丸くなったものである。(いや、過激思想は増しているが)あのサカズキが愛妻家だなんてどんな冗談だとも思うが、まぁグランドライン、なんだってアリと諦めよう。

「じゃあ、さ。じゃあ、迎えに行くだけだからな。絶対手ぇ出すなよ」
「わかっちょる」

嘘だ、絶対この目は犯人をスーパーもろとも焼きつくす目をしている。




+++




ずるっと、首を掴まれて苦しくなったのではぱちりと目を開けた。時計を見ればまだ五分程度しか経っていないが、熟睡できてスッキリ爽快である。

それで、自分の首を引っ張った犯人を見上げると、現在立て篭もり真っ最中の男が目にぽろぽろと涙をためてを見下ろしていた。

「な、なぁに?」
「お、俺ぁ、妹を救えねぇのか?」
「そうだね」
「俺は、どうすりゃよかったんだ!」

いや、それをぼくに聞かれても、とは困惑するしかない。

妹が奴隷になってしまった。気の毒に!とはまぁ、少しくらいは思うが、だからといってどうすることもできないだろう。

「で、要求とかしたの?」
「海兵の奴ら何にも言ってこねぇんだ」
「いや、だって、キミがここから姿も見せないでいたら、刺激しちゃまずいって少し放置するものじゃないの」

何を考えてこの犯行に挑んでいるんだ、この男はとは呆れた。
そしてなぜこの自分が人質事件のレクチャーをしなければならないのか。

男はの助言に「そうか!」と突然やる気を出して、ぐいっと乱暴にを引き起こすと、後ろから羽交い絞めにしながら、首に包丁を押し当てて、ずるずると店の外に出て行く。

「そう、か。そうだな!そうだ!!!欲しいものは、自分でなんとかしないとダメなんだ!!」

それはある意味真理だが、何この前向きさ。

先ほどまでのヘタレっぷりはなかった方向で行く気か。引きずられながら、まぶしい光に目を細めた。

「出てきた!犯人に告ぐ!!即刻その少女を解放し、投降しなさい!」
「この街で騒ぎを起こして逃げられると思うな!!」

店の外に出れば、それはもうたくさんの野次馬に、それに海兵たち。
は見知った顔がないかを探したが、やはりサカズキの姿はなかった。

(大将がこんなところに足を運ぶわけないよね)

わかっているのだが、少しくらい夢を見たっていいじゃないか、と自分に言い訳をする。

(サカズキが助けてくれたら、嬉しいのになぁ)

迷惑をかけたいわけではないし、実際にそういう展開になったら、それはもういろいろ面倒なことになるのはわかっている。
多分本当にいたら落胆しただろう。何してんの、と。だがいないといないでがっかりするのは、どんな我侭なのか。

だが、心の中で考える分には自由、なハズである。

サカズキのことを考えて、ぽっとの顔が赤くなった。全く持って人質の緊張感がないが、まぁそれはそれ。この間にもの首に包丁は突きつけられている。

真っ赤になったをいぶかしみながらも男が叫ぶ。

「こいつを助けたかったらおれの要求を聞け!!おれは、おれは妹を助けたいんだ!!」
「何を言っているんだ!!そんなか弱い少女を盾にして!!」

海兵らは取り合わずそれぞれ警戒するように銃に手を伸ばす。男は唇を噛み締めた。

「しょうがねぇだろう!!妹は、妹は攫われて奴隷になっちまったんだ!!法を守ってちゃ助けられねぇんだ!!こうするしかなかったんだ!!」

感情が高ぶったらしい、ぐいっと、の首に刃が当てられる。ブジッと皮膚に食い込み、裂けた。先ほどとは違い、もう開き直ったのか、それとも感情が混乱するあまりそんなことに気付いていないのか、ぐいぐいっと、容赦なく の首に刃が刺さった。

「…いッ!」

ぐさりとした痛みには顔を顰める。
ざわっと海兵らが動揺した。目の前で小さな少女が傷つけられている。

「や、止めろ!!そんないとけない子供になんということを!!」

歯を食いしばりながら叫ぶ海兵らに、は「いや、ぼくこれで千歳以上」と言いたくなったが、その前に男が叫ぶ。

「俺の妹だって、まだ小さい子供なんだ!!それなのに、今頃どんな目にあってるか!!!こいつは助けるのに、どうして妹は助けてくれねぇんだよ!!!」
「状況判断?」
「黙れ!!!」

ぼそり、とが呟けば、男が逆上しての頭を殴った。刺されなかっただけマシだと思うことにして、はぐわぁんと遠のく意識を何とか堪える。

まぁ、男の言い分、わからなくもない。この主張だかなんだかを聞いている海兵、一般人たちもこの男に同情する者もいないわけではないのだろう。だが世界貴族は不可侵。そして奴隷は、どうしようもないのだ。

は世界貴族と仲が悪いが、たとえば自分が何か言ってこの男の妹を助けてやることができるかと、一瞬でも考えたことはない。

今の自分はただのだ。魔女ではないし、もともと彼らを跪かせる権利があるのは、自分ではなくて王国で生きた姉の方。

気の毒に、とは思っても、どうこうしようという気は欠片もなかった。

ぐらりと揺らぐ視界、崩れ落ちる身体を何とか足を踏ん張って支えようとしたが、及ばずに足元が崩れた。男の腕に首を吊るような形になって、は、そろそろ人質にも飽きたと思ってきた。

それで、自分の首に変わらず宛てられる包丁に向かって身体をぐいっと動かした。

「!!!!な…!!」

身体をずらしたおかげで、肩に包丁が刺さり、は男が驚いた隙を突いて、その手から包丁を奪う。ダクダクと血は流れたが、昔よく受けたDVに比べれば、こんなの軽い軽いと笑えるものである。

ていっと、力を込めて男の股間を蹴り上げ、悶絶する男を背にすたこらさっさと、は逃げだした。

「ま、待て!!」
「それで待つバカはいないよね」

軽口を叩き、ニコリと笑って海兵たちの中に飛び込んだ。

「大丈夫か!キミ!!」
「すぐに手当てを…!!」
「人質確保しました!!!」

口々に言い合う海兵らが、唖然とする男を取り押さえる音を聴きながら、
は意識を手放した。

(サカズキ、怒るかな)






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