「諦めれば?」
「冗談じゃねぇ、誰があんな程度で諦めるか」
の、というよりもとサカズキの寝室扉の前で、図体ばかりはでかい男が二人、部屋の中の様子を見て呟いた。
一人はもう本当に呆れ顔で、もう一人はしゃがみ込んで床にのの字を書いてズーンと沈みきっている。
クザンはぽりぽり、と頭を描いて扉から顔を逸らした。
あの二人の関係がそれはそうとハッピーエンド、ではないことくらい判っている。それでも必死に二人「御伽噺のハッピーエンド、いつまでも幸せに幸せに暮らしました」を続けようとしている。そのことがクザンには苦しかった。
何がどう変化したところで、は魔女で、サカズキは大将だ。そのことが子とあるごとに突きつけられる。
はサカズキが大将である限り、サカズキを守ろう・守れる、などという思考にはならない。サカズキはを守りたいといっているが、は自分が魔女である限り守られよう、とはしない。
今回のこの事件は、二人が必死に蓋をしていた事実をあからさまにした。
(それでサカズキが動揺してるってのは、見物だったけどね…)
あの男も動揺するのかと、クザンには少し面白かった。けれどもしも自分がサカズキの立場だったら、きっと普段からもっと、酷く取り乱すかもしれない。いつも落ち着いていられない。自分がに選ばれたとしても、永遠などない、とが証明したように、いつ、が別の人間を選ぶかわからない。
その恐怖と、サカズキは常に向き合わねばならぬのだ。
「はサカズキにぞっこんよ?悪いけど、他なんて絶対見ないって、こりゃ」
「煩ぇ、黙れ。赤犬に勝てなかった程度で諦められるほど半端な覚悟じゃねぇんだよ」
海の王者、外道・鬼畜と名高いドフラミンゴ、今のこの、とサカズキのやり取りを見てもまだ諦めることがない。クザンは苦笑して、ドフラミンゴの襟首を掴むとそのままずるずると引きずった。
あまり騒げばに気付かれる(サカズキは確実に気付いてる)からドフラミンゴは大人しくして、小さくチクショウ、と呟くだけだった。
全く、とクザンは笑うしかない。
+++
夕日も沈み、すっかり夜半。家の主な電気を消せば、真っ暗になってしまうので、庭に面したリビングの煌々とした明かり。縁側から庭にかけて設置された、いわゆる流し素麺スタイルの竹を見上げ、は眼を輝かせた。
「すごいねぇ、これ、サカズキが作ったの?うわぁ、すごい、おっきいねぇ」
「当然じゃ、クザンの慎重に合わせちょるんでな、クザン、貴様以外は流せんよって、気張れ」
「……だからおれの人権ってどうなって…あー…いいです、流しゃいいんだろ」
に褒められてまんざらでもなさそうな顔をしてから、サカズキは同僚(+たぶん唯一の友人)に容赦なくのたまう。クザンはいろいろと突っ込みたいことがあったが、まぁ、自分がグダグダ言ってが食事をする時間が待たされてしまうのはしのびない。縁側からよいせっと、腰を上げて、素麺の入ったざるを受け取った。
「ドフラミンゴは流し素麺したことある?」
「んなもん俺があるわけねぇだろ」
「一緒にやってくれる友達いなさそうだもんね」
っぷ、と、クザンは笑い、じろりとドフラミンゴに睨まれた。は堂々と毒を吐き、簡易テーブルの上に用意された御椀を一つ持ってドフラミンゴに渡す。
「君は薬味とか嫌いなんだっけね、中のおつゆが薄くなったら注ぎ足すから言うんだよ?」
「……」
「……なぁ、」
「なぁに?」
硬直してしまったドフラミンゴに代わってクザンが口を開いた。はきょとん、と首を傾げクザンを見上げてくる。
「何その、優しさ?」
「お前さんがドフラミンゴに気を使うなんてどういう夢オチ?これ」
「クザンくんはぼくを一体なんだと思ってるんだろうね」
いや、だってあのさんだし、とクザンの顔が引きつる。ドフラミンゴは滅多にないの優しさというか気遣いにどう対応したものかと脳内会議を繰り広げているようだった。
きょとん、と幼い顔をさらに幼くさせるを、サカズキが後ろから抱き上げる。
「わしの妻じゃ、気が利くにきまっちょるじゃろう」
「っ、サカズキ、ちょ、下ろしてよ…!!」
「高さを少々間違えてのう。貴様の小さい背じゃ届かんのじゃ」
それなら素麺が流れてくる下の方で待機すればいいだけの話ではないのか、クザンは突っ込んで、無視された。
サカズキがを流し素麺台(と言っていいのか)の丁度中央、都合のいい場所に運んで、クザンを眼で促す。やれやれ、と呆れながら、クザンは縁側の上にスタンバイをしてゆっくりと素麺を流し始めた。
「まずはが食うてからじゃ、貴様ら手を出すなよ」
「サカズキ、それ流し素麺の意味あるの?」
「貴様は黙って食え」
きっぱり言い切り、サカズキはを抱きかかえたまま、箸で素麺を掬うを間近で眺めるという、イチャつきっぷりを披露してくれた。
その後の希望のスイカ割りが行われることになったのだが、そこで原点、大将やら七武海がスイカ割りなんぞ興じたら家が大破するに決まっている。ではがやればいいのではないかと、クザンが目隠しを渡したまではよかった。
目隠しをされたにサカズキがあれこれと悪戯をし始めて、一同は「スイカは大人しく包丁で切って食べよう」ということで落ち着いたのだった。
「サカズキが悪いんだよ!!ぼくスイカ割り楽しみにしてたのに!!」
「周りが見えちょらん貴様が転んで怪我をしたらどうする。却下じゃ」
そんなの言い分、サカズキの言い分はさておいて、それでは最後に買って来た花火をしようということになって、サカズキがライター代わりに活躍したり、ドフラミンゴが腹立ち紛れに庭にねずみ花火を投げ込んで、火を消そうとしたクザンが間違って庭の薔薇を凍らせたりと、妙なテンションでその夜は更けていくのだった。
Fin
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