[注意書き]
この話は夢絵・夢小説サイトGROLIA様のオリキャラ+男夢主さんが共演されています。
タイトル詐欺にご注意ください。
この話はグロかったり暴力シーンだったり、鯖缶テイストたっぷり詰まっています。

閲覧は自己責任。

※親御さんにはALL OK!を頂いております。

ちなみにコレの続きです。
















何かと社交界で派手な噂の耐えぬブラウン家のジーニアス・ブラウンと言えばかのコルデ・ハンス卿の奥方の姉であることでも有名だ。

女王の剣のバスカヴィル、聖杯のコルヴィナス家、金貨のペンウッド家、杖のハンス家、彼ら四候の貴族。がっちりと互いを雁字搦め、他家を寄せ付けず君臨し続ける四家の内のコルデ家に低い身分の娘が嫁いだと20年以上も前のことであるが、今でも語り草になるほどの騒動。その切欠となり、また最も厄介な障壁であったアーサー・バスカヴィル卿を説得し、事態を収拾させた人物であるジーニアス・ブラウン。

彼女が現ブラウン家に嫁ぎ二人の息子を産んで随分と経つ。それでも今なお衰えぬ美貌。ブラウン家には相応しからぬブロンドの髪をきらきらと太陽の下に輝かせながらゆっくりと明るい声で子供たちのために詩を朗読し、その同じ唇で夜会の時には数多の男たちを蹂躙している。彼女に関われば破滅するとわかって火遊びを楽しみたい男は数知れず、夫マーカー・ブラウンは何度「決闘だ!」という声とピストルの音で目が覚めたかわからぬもの。

その女性の第一子であるセシル・ブラウンは目の前でにこやかに微笑する母の貌を眺めながら、こんな女の胎から生まれた己であるのだから、なるほど生来化け物になる要素はあったのだろうと納得してしまった。

「まぁひどい、セシルさんったら。この母を化け物か何かのように仰りたいのですか」
「そんなことは言ってませんし思ってませんよ。というか、当たり前のように俺の心を読むの止めてください。どこぞの魔女じゃあるまいし、読んでませんわかりやすかっただけ、だなんていわないでくださいよ」
「まぁ、ひどい」

ちっとも傷ついていないだろうにジーニアス・ブラウンは美しい貌を悲しげに曇らせ、白い手で頬を押さえる。そういうちょっとした仕草一つ一つが絵になる。が、長年彼女を見てきたセシルにはどうも芝居ががって見えて仕方ない。いや、といって彼女の仕草にわざとらしさがあるわけではないのだ。贔屓目を抜きにしても完璧、自然な仕草。だが子の己は彼女の一切が御芝居に見える。偏見ゆえのことで、彼女に非はない。それであるからセシルは苛立ちそうになる自分を抑え、母と自分との間に用意されたティセット、白い陶器のカップを手に取って一気に飲み干した。

「お行儀が悪いですよ」
「大した用もないのに仕事中の息子を呼び出すのは無礼じゃないんですか」
「反抗期ですか?セシルったら、お兄ちゃんだったからあまり反抗したことはありませんでしたね。母は嬉しいです」

にこにこと始終彼女の背後には花が散る。

暖簾に腕押し、赤犬に水、まぁ喩えはなんだって構わないがこの母親を相手に嫌味や皮肉なんてものは意味を成さない。わかっていて言ったのだとセシルは自分の器の小ささにうんざりし、カツン、と勢いよく席を立つ。

「もう行ってしまうのですか?母は寂しいです」

あぁこの女は!とセシルは叫びたくなった。この一瞬、寂しい、と言った途端ジーニアス・ブラウンの瞳には涙が溜まっている。嘘泣き、ではない。本心から出ているとわかるもの。だがその「本心から悲しむ」ということはこの女には日常茶飯事。今自分に向けられている「寂しい」という感情は毎朝顔を出していた新聞の配達員が少し時間に遅れた時にも向けられるに違いないのだ。

日の光を受けてきらきらと輝く涙、ぽろり、と流れればこれほど美しく、また胸を打たれる光景はないという見本のようなもの。

セシルは顔を引き攣らせ「仕事中だったんですけど俺!?しかもこれからランチタイムって時に!!俺の職場わかってる!?」とテーブルを叩いて怒鳴りそうになったが、どうせ効果はなく、さらには「セシルさんが疲れるような慌しいことをするのはいけません」などと言ってきそうでなんとか堪えた。

ふるふる、と身体を震わせているとジーニアス・ブラウンはきょとん、と貌を幼くさせ今更気付いたように首を傾げる。

「今日はメイド服ではないのですか。お仕事中に呼べば「マリアちゃん」の可愛らしい姿が見られると魔女殿に伺っていたのですけれど」

死ね。
今すぐ死ね。爆発して死ね。毒で苦しんで死ね。四肢切り刻まれて死ね。
できる限り悲惨な死に方しろ。

にこにこ微笑んでのたまう母の言葉にセシルは魔女への呪詛を胸中で呟き、椅子を蹴り飛ばした。

「人の母親に何吹き込んでんだあのバカ!」
「まぁ、セシルさん。いけませんよ、あの方を「馬鹿」だなんて乱暴な。畏敬を込めて「魔女殿」とお呼びなさい」

嗜める母の声などセシルにはどうでもいい。蹴り飛ばした椅子が壁にぶつかって無残な姿になっても気は収まらず、あぁ!と頭を抱えた。

セシル・ブラウン。
正当なブラウン家の跡取り息子として生まれていたが実父に「お前にだけは跡目を譲れない」と唐突に言われ海に放り出された半生。色々あっていろいろやらかして、今は海軍本部の見習いコック、なんてものをやっている。将来の夢はレストラン・バラティエのように来るもの拒まずな己の城を持つこと。最近そこに「ドレークさんが常連になってくださったらいい」なんて密やかな願望も入ったけれど、まぁ、そういう、将来を考えて行動している立派な少年。

だが今では、海軍本部にて彼の名を呼ぶ者は皆無だ。

「良い名前ではありませんか、マリア、なんて素敵ですよ。母は娘も欲しかったのであなたがマリアちゃんになって一緒にお茶を飲めるのを楽しみにしていたのです」

食堂のマリア。
海軍本部一般食堂(新兵から軍曹程度の階級の人間が利用する最大規模の食堂。本部奥の将校クラスが利用する上級食堂からは「品のない食事を出す場所」「質より量」だなんて笑われ料理長同士が日々争っている)にて出現したメイド服の美少女。
きびきびと働き、愛想はないがツンデレのような発言が海兵たちの荒んだ心を癒してくれるとかなんとかで軽い名物、いや、アイドルとなっている人物。

セシル・ブラウンの第二の人生だ。

「ちげぇよ!」

と、セシルは地の文に突っ込みを入れた。

何がどう間違ったらこうなるのか、はっきり言って当人にも不明なのだがいつのまにかセシルは「夢と希望に溢れる見習い料理人、おれ、今日も頑張ります!」という明るい道から外れ「なんで俺がスカートなんて穿かなきゃなんねぇんだよ!てめぇらそこ!写真撮ってんじゃねぇ!」と叫ぶ日々の、オカマウェイを歩かされていた。

いや、まぁオカマ、正しくはではない。
職場の「制服」としてメイド服の着用が義務付けられ調理補助より給仕の仕事をする時間が増えただけ、といえばそれだけである。マリア、心も身体は今でもきちんと漢の子。

「ママまで俺をマリアとか言ったらマジで俺の名前呼ぶやついなくなんだけど!?っつかそれ母親としていいのか!?」
「魔女殿がつけてくださった御名なればこの母がつけたものよりも素晴らしいでしょう。セシルさん、いいえ、マリアさん」

泣いていいだろうか、いや、その前にやっぱり死ね。

母親の頭の中でしっかりと自分の名前が変更されていくのを目の当たりにし、セシルはがっくりと肩を落とした。






カレーは中辛とかあるのにシチューってありませんよね、不公平な!







奥の方でなにやら押し殺したような声、もごもごっと、何か不穏な予感が沸く声が聞こえた。マリアはストッキングに足を通そうと片足を上げた体勢のまま一度ぴくん、と神経質そうに眉を跳ねさせる。

また覗きか?

また、というのは悲しいことに過去何度か経験しているからである。

男の着替えなんぞ何を覗いて楽しいのかマリアは全く持って理解できぬ、また理解したくもないのだが、海軍本部一般食堂、見習いたちのロッカールームでこうして着替えていると物陰やら窓の外からこちらを覗く馬鹿ども、というのが過去何人かいた。

時折手伝いに来る(マリア的には邪魔しに来る)目的ならまぁなんとかわかるが、が参加する日は覗き見をする者がゼロに対し、マリアが一人で着替えをする、というときには3回に1回の割合でバカが出た。

手馴れたもので、マリアはさっとスカートを履いてしまうとロッカーに常備してある釘バットを片手に(料理長が「メイドに釘バット、ナイスですねぇ」と贈呈してくれた)音のした方へゆっくりと進む。

奥はカーテンで仕切られた休憩室だ。仮眠室というほど広くはないが3,4人は寛げるくらいの広さがある。隠れるにはうってつけであるが入り口が一つしかないため追い込むにももってこいで、マリアは「覗き見ホイホイ」と名付けていた。

「ウォラァッ!テメェ!何腐ったことしてやがる!!こっちはテメェと同じモンがついてんだよッ!!!」
「!!!」
「っげ、マ、マリアちゃん!!!」
「なんでここに…!!」

シャッとカーテンを開けると三人分の瞳が一斉にマリアに向けられた。

「ん?」

おや、とマリアは予想外の展開と声に一瞬毒気を抜かれる。

予想通りカーテンの裏に人はいた。それも一人ではなく複数。三人だ。だが全員海兵、ではない。

まずこちらを驚いた目で見ている二人、はマリアの先輩に当たる食堂勤務の料理人だ。先輩、と言ってもまだ二十歳にはなっていない。若い新米、と部類され一緒に芋の皮むきなどをすることもある。

二人は焦った顔、声で、慌てて身支度を整える。

身支度?なんで?

マリアは眉を跳ねさせた。二人、今は勤務中のはずだ。それがなぜ互いに衣服、コック服の前を少し開け、というかこれから脱ぎます、というような体勢であったのだ。

訝りながらマリアは三人目の人物に顔を向ける。

「あ、お前。に拉致られたガキ」
「……がき、じゃない」

ミア、と少女が小さく震える唇で名乗った。

「し、知り合い、なのか?」
「おい、お前!浮浪児だって言ったじゃねぇか!」
「だ、だって普通そう思うだろ!!」

マリアがひょいっとしゃがみ、ミアを眺めていると背後で二人の同僚が何やら言い争っている。つかみ合いに発展してお互い殴りでもするのなら見ていて面白いのだが、生憎そんなことにはならず、二人、はっと我に返ったのかそそくさと出て行こうとする。

「なぁ、まぁ、待てよ。なぁ、先輩がた」

その二人の背にマリアはゆっくりと声を掛けた。別段腕や足を掴んで拘束する、気はない。ただ声での制止。しかし二人はぴたり、と身体の動きを止めた。マリアが何かしているわけではない。そんな悪魔の能力の持ち合わせなんぞなくマリアはただの一般人、一青少年。ただ声に出し「なぁ」ともう一度声を掛け、一度ちらり、とミアを見る。

ミア、ミア、ミア。

そうそう、そんな、猫が鳴くような名前の、そんな少女。
薄い紅色の髪に白い頬の、微笑めば愛らしいだろうその顔、今は完全に強張っている。

見れば彼女の衣服は泥やら何やらで汚れ放題、異臭もしてくる。擦り切れたボロ布。浮浪者だってもう少しまともな格好をするだろうに。なるほど先輩たちがどこぞから紛れ込んだ浮浪児と間違えるのも頷ける。海軍本部では変わった海兵(たとえばガープ中将とか)が身寄りのない子供に食事を与えてくれたり、と、そういうことがある。マリンフォードの港街は貧しさとはあまり縁がないが、それでも貧富の差、というのはどこにだってどうしても出てしまうもの。戦争孤児を引き取った政府の施設からひょっこり抜け出して来た者や何やらが時折姿を現す。(門番なども暗黙の了解で彼らを見てみぬふりをする)

あぁ、なるほど、ミアもそのうちの一人と見なされたのだろう。

「んで、なんかされたか?お前」

一応確認しておこう、と本来本人に聞くには酷だろう言葉を投げる。だがマリアは先日の「さんにミアちゃんが拉致られちゃった、やっべこれ、マジやっべ」事件にて、このミアという少女がただの子供ではないと知っている。状況確認をしたい、という己の心に応える分別はあろうと問えば、ミアがキッと強い目でこちらを睨んできた。

「敵視かよ、おいおい、センパイがた、なに?このガキ相手に抜いたの?抜かせたの?」

怒ってるよなぁ、やっぱ。と思ってくるりと同僚に顔を向ければ、二人の顔は引き攣り青くなったり赤くなったりしている。勇敢にも一人が口を開こうとしたが、マリアが「ま、どっちでもいいんだけどよ」と手を振ってそれを制した。

現状把握を当人の口からさせようと思ったが、それは叶わぬよう。と言って、ミアの名誉の為に言っておくが未遂である、というのをマリアはわかっている。状況から見て、まぁ浮浪児、それもはっとするほど愛らしい顔に唇の少女を見て二人のバカが何ぞよからぬことを考えた。それでずるずると引きずりこんだか何か、で、実行しようというがミアが抵抗してすぐには致せなかったのだろう。そうこうしているうちにマリアが気付かず入ってきて、というところか。

なぜわかるのか、と言えばこの空間の臭い、である。マリア自身、何度か経験させられた独特な、嫌な、臭い、がここにはない。料理人であるので鼻には自信があった。

「あのなァ、センパイがた。まぁギブアンドテイクって言葉もあるからよぉ、食い物やって納得するやつ狙うのが普通じゃねぇの?」
「そ、そのガキが…!」
「え?俺口利いていいなんつった?なぁいつ言った?」

反論しようと口を開く同僚ににこり、と笑いかけマリアは首を傾げる。真っ直ぐに二人を見つめ、マリアはふむ、とわざとらしく口元に手をやった。

「でもま、未遂だったんだし、このガキもなんか俺のこと敵視してるし、まぁ、見なかったことにしてやってもいいんですよ。今日の雑用代わってくれるってんなら」
「ほ、本当か…?」
「だから口利いていいって俺言ったか?」

二度言わせんな?とマリアは念を押し、今度はミアを振り返る。

そういえば己は先日の一件、彼女の被保護者であるギルバートとの面識はできたが結局ミアとは顔も合わさず言葉も交わさなかった。箱庭での一件、一部始終を眺めていたはずだからもしかすると顔を覚えているかも、と考えていたのだが、あの時はギルバートを見るのに一生懸命でこちらは目に入らなかったのだろう。

警戒し、強く睨む睨むその眼。マリアが手を伸ばすとパシン、と払われた。

「………」
「………」

マリアは払われた手がじんわり、としてくるのをじっくりと待ちながらミアを見下ろす。今にも噛み付きそうな態度だ。と言ってこの子供、狂犬の類ではない。きちんと理性を持って行動している。今この場で彼女にとってマリアは敵や味方ではなく中立だ。ミアの目はマリアを「男」であると見抜いていた。現状、自分に何かしようとした男二人に人間が一人加わった。今は興味を持っていないから「中立」であるが、いつ気が変わって「男二人」が「男三人」になるかわからぬ。だから噛み付かぬ。だが警戒はする、とそういう思考ゆえの態度である。

ふぅん、とマリアは鼻を鳴らした。

なるほどがちょっかいをかけたくなるわけだ。このミアという子供、子供のナリをしてちっとも子供らしく振舞わぬ。前回この子供がの逆鱗に触れたかなんだかで悪意に襲われたのはそのあたりが原因か。邪推し、マリアは服を脱ぎ始めた。

明らかにミアの顔が歪み、この場から逃れようと四つんばいになって身体を動かす。が、マリアはそれを押さえ込み、ミアの耳を塞ぐと力いっぱい声を上げた。

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」





+++





「え?何?つまり、えーっと?俺が仕事サボって散歩してたらなんか一般食堂がすっごい騒ぎになってて何してんの?って覗き込んでみたらなんか何?え?マリアちゃんが同僚二人に着替え中に襲われて?乙女の純潔奪われそうになったって騒動?周りの海兵がめっちゃ殺気立っていろいろ喚いてたけど、つまり、え?どゆこと?」

えー?と眉間に皺をよせ経緯を振り返ってみながらクザンは「やっぱりわかんないんだけど」と自分の理解力が低いんだろう!と考えることを放棄した。

海軍本部、奥にある将校らの執務室が並ぶ棟。三階にあるクザンの執務室にて現在ソファの上、腰掛けてずびーっとお茶なんぞ飲み寛いでいる明るい色の髪の青年、クザンが見たときには少々引きちぎられたブラウスを着ていたが今はどこぞの海兵が貸してくれたらしい正義のコートを羽織っており、妙に似合っている。

そしてその前のソファには先日あれこれあってクザンもお知り合い、になったギルバート大佐の養いっ子のミアが、やはりクザンと同じように現状把握ができぬ混乱した目、で、じぃっとマリアを見つめていた。

「見たまんまですよ、クザンさん。俺があんまりにも美少年なんで同僚二人が妙な気を起こしたんです。で、か弱い俺が泣き叫んだら食堂にいる正義の海兵の方々が悲鳴を聞きつけて駆けつけてくださって、今頃あの二人、えぇまぁ、生きてるといいですよね」
「いや、何よ、まぁ、マリアちゃんがか弱いとか正義の心から連中が血気盛んに行動したとかいろいろ突っ込みどころはあるんだけどそれはいいとして、なんでミアちゃんがいんの?って俺はそこんとこ聞きたいのよ」

ミア、ミア。
猫の鳴き声のような名前の少女。

ガープ中将のところのギルバート大佐が大事大事にしている子供。先日魔女に誘拐されて血相抱えたばかりであるのにまた騒動を起こしかねん、ということか。確かギルバート大佐は本日付けで准将に昇格。であるから色々忙しいのはわかるが、それにしたってこの状況。ギルバート大佐って子守に向いてねぇんじゃねぇの?などと思っていると、ミアの顔がこちらを向いた。

「何?ミアちゃん」
「ギルは、むのう、じゃないわ」
「え?何?俺の思考読んだ?」
「そういうかお、してる」

おや、とクザンは感心した。己は普段からだらけきったやる気のない顔ばかり。時折真面目にもなるがそんなの滅多になく、また感情を悟らせぬ顔には少々自信があった。それであるのにこの子供、目の前の小さな生き物は己の心情を見事言い当てている。

才能、というよりは、なるほどこれまでの半生が裏付けられる。確か彼女の「父親」と「母親」は海賊の船長、その女、という立ち位置。例の事件のあと見た調書によればミアは母親から虐待じみたことを受けていたと言う。(それが事実であるかどうか、という問答をクザンはせず。そういうふうに取られる状況であった、ということで判断し受け止めている)それなら人の顔色を伺う、というのが日常茶飯事であったはず。無遠慮な大人の暴力、あるいは罵声が「来る」のはいつか、必死必死に見極めなければならぬ日々、それがどこまでも拷問のように続き続き、虐げられ続ければなるほどこの己の心情を見抜くということもできるだろう。

なるほどなるほど、と頷き顎に手をやって、執務机越しにミアを見つめる。

「んで?ミアちゃんなんだってこんなとこにいんのよ。に遭遇したら前回の二の舞じゃないの?」
「………」

前回ミアの所為で(と、クザンはあえてその言葉を使う)ギルバート大佐があちこち切り落とされて達磨状態になったのを指摘する。と、ミアの顔が曇った。別段クザンはいじめたいわけでもなく、彼女は賢い子であるから「きみの身分じゃ勝手に出歩いたら問題だ」と嗜め理解させよう、というわけである。

前回、に余計な人物が接触し、それを見過ごしたとしてサカズキ、クザンともに上層部からそれなりの処分を受けている。自分たちの身程度なら別に何度だって構わぬが、一応は海軍本部大将、としての責務。魔女が癇癪を起こすような状況、予兆があるのなら早々に芽を摘むべきである。

「っつか、むしろ会いに来てんだろ?そいつ」
「マリアちゃん、何、事情知ってんの?」

いいえ、とマリアが肩を竦めた。

「でもま、予想つきますよ。前回確かがそいつに服貸したじゃないですか、んで、魔女に借りは作りたくないとかまぁなんかそういう意地だがなんだかで返そうと思って、でも場所を知らないんであちこち回って迷子になった、ってとこっすかね」
「……なんでわかんの?」

そういわれてみれば、ミア、先ほどからぎゅっと何か紙袋を腕に抱えている。だがそれだけではわからないだろうとマリアに問えば、白いリボンを頭につけた少年、っは、と軽く鼻で笑った。

「見りゃわかるじゃないですか」
「いや、普通わかなんないからね」

間髪いれず突っ込んだがマリアは説明はしてくれなかった。まぁ、多分足についた泥だとか衣服についてる葉っぱだとかその辺から推測しているんだろう、というのはわかるが、マリアちゃんの推理展開、というのを珍しいので聞いてみたかった。その心がばれているからマリアは説明をしないのかもしれない。

しかしなるほど、事情がそういうことなら、とクザンはぽりぽりと頭をかく。

にお届け物ねぇ…まぁ、俺が渡しておいてやるっていうのは、」
「……」

ちらりとミアを見れば眉を顰められた。無口な子供だ。だが「それは嫌」という意味であるのはわかる。と言ってクザンはその要求を呑むわけにはいかない。

さてどう言いくるめようか、と思案していると、ミアがすくっと立ち上がった。そのままスタスタと出て行こうとする。大人しく帰る気になった、わけは、ない。

「コラコラ、どこ行くのよ、ミアちゃん」
「……」

呼び止めれば一応はぴたり、と立ち止まりはする。だが振り返らない。相変わらず無言で、きっとぎゅっと眉を寄せているのだろう顔が浮かび、クザンはぽりぽりと頭をかいた。

ここは大将の己がいる棟だから、この辺にがいる可能性が高い。先ほどまであてもなく闇雲に歩いていたのとは違って遭遇する見込みがあるとミアは気付いているらしい。

「あー、マリアちゃん」
「押し付けないでくださいよ、俺これから仕事に戻るんですから」
「いや、俺も仕事あるし。大将命令ってことで一つ、どうよ」
「職権乱用って知っていますか、クザンさん」

最高戦力大将青雉のこなさねばならぬ仕事と一般食堂見習いの仕事、どちらが重いか秤にかけるまでもなく、マリアは嫌味一つを言ってぐいっとミアの腕を引いた。

「……っ」

拒絶するようにミアが低く唸る。この子供、妙に無口だと先ほどからクザンは感じていたが、言語を知らぬのか、いや、だが先ほどは「無能」という子供が使うにはちょっと相応しくない単語を使用してはいた。言葉に妙にムラがある。

「うー、じゃねぇよこのガキ、手間かけさせんな」

唸り足を踏ん張るミアの頭をスパァン、とマリアが引っ叩く。と言って手で、ではなくいつの間に取り出したのかスリッパだ。

「どっから出したのソレ」
「メイド服に常備してんです」
「苦労してんのね」
「誰の所為か自覚してくださいマジで」

そもそもマリアがメイド服を着る羽目になったのは数年前にクザンがを一般食堂に連れて来たのが原因だ。ジト目、というより聊か憎悪の篭った目で睨まれクザンはにへら、と笑い軽く手を振る。

この少年が今や立派な化け物の一員になった、その切欠になったという自覚はもちろんクザンにはあるけれど、原因である、なんて気になったことは一度もない。それであるから罪悪感の一切も、クザンには覚える必要がないのだ。




++++




ぐいぐいと自分の腕を引っ張り海軍本部奥、廊下を歩くメイド服の少年。不機嫌に顰められたその顔を眺めながらミアはぎゅっと、眉を寄せた。

(このままじゃ、いけない)

折角ギルのいない隙を狙って部屋を出て、やっと魔女がいるだろうこの棟までたどり着いた。それなのにこのままではまたもとの場所に戻されてしまう。

(それは、だめ、それは、いけない)

想い、思って、を、持ってミア、猫の鳴き声のような名前の幼女、少年の手を振りほどこうとする。マリア、と人に呼ばれ、一見すれば可憐な少女のように見える人物、しかし「海軍本部勤務」というのは伊達ではないのか、そのやんわりと握られた手はびくともしない。

ミアは今日というタイミングを逃せばもう二度と自分は魔女を拒絶できないと予感があった。

(だって今日は、きょう、は、ギルのお祝いのひなのだもの)

詳しくはミアにはわからない。だが「たいさ」であったギルが「じゅんしょう」にあがる。それはとても目出度いことなんだ、とギルバートのいない時、ひょっこり顔を出してミアの頭を撫でたスモーカーが教えてくれた。

スモーカーは子供のミアに言ってもわからないだろうが、とそう前置いてこれからギルバートは色々「大変」な目にあうことが増える。「たいさ」が「じゅんしょう」になると言うのはただでさえたいへんな変化で、それが「シャンク・ギルバート」ならその「大変さ」は倍以上にもなるのだと、言って、そして「傍にいてやれ」と、そうミアの目を見つめてきた。

白猟のスモーカー、と、そういわれているその海兵。ミアの被保護者となったギルバートとは昔からなんぞの因縁、いやそんな物騒なものではなくて「腐れ縁」「悪友」関係であるとそのことはミアにもわかる。だが仲の悪い二人、というのではなく、たとえば親友、という気心を知れた仲のような爽やかさはないが、しかし何ぞ、互いの間に妙な信頼のような、そういう友情、とは呼べぬが何かしっかりと繋がるものがあるような、そんな気がミアにはする。その人、が、なるほどミアに「子供のお前にはわからんかもしれんが」と前置いたのは、何も言葉の通りにミアを「子供だからわからない」と思ってはいないと、ミアは受け取った。

スモーカーはこれからギルバートが何ぞの苦難、試練に見舞われることを、おそらくは同じ海兵であるから承知していて、それで自分がそのパートナーになる気も義理もないけれど、しかしミアは、彼の傍にいる幼女、は、彼にこれから降りかかる剣をなぎ払う力がなくとも傷つき流れる血を拭うことはできるだろうと、そう「見込んで」話してくれたに違いない。そしてさらに、その見込んで、いながらスモーカー、それは自身の勝手な頼みであるとも自覚していて、ミアが、まだ幼いミアがギルバートを支える、あるいは正気を保たせるための役目を負うには重い、とも判じ「子供のお前にはわからないかもしれないが」と、そう逃げ道を造っておいてくれている。

先日の一件から、ミアは自分の周囲にある「やさしみ」に気付いた。これまで己が不幸であると思ったことはない。だがミアは、幼いながら賢しい顔をせねばならぬ始終のミアは、己の周囲に不平不満を覚える「理由」がないと、ギルバートに引き取られてから知った。

ミアは何も知らなかった。自分の周りにあるものに「幸福」「不幸」の区別があることを知らなかった。ギルバートに引き取られるまでミアの周りには一種類のものしかなく、比べるものがなければ「疎む理由」を所持できるわけがない。

そういうミアがギルバートに引き取られ、おずおずと己らの定規を当てはめる、そういうゆっくりとのっそりと互いに互いを許しあう一種の告白めいたことをして、きっと己はそのままゆっくりじわじわとギルバートと擬似親子の関係を発展させていく、はずだった。

(魔女に、出会うまでは)

ミアの人生に魔女は不要だった。本来遭遇するはずのない互い。お互いがお互いをまるで必要とせず、むしろ互いに存在を知らぬほうが自然である、という絶対的な何かがあった。

だがミアは、ミアミア、猫の鳴くような名前の少女は先日、ありとあらゆる偶然が重なってうっかりあっさり、魔女と出会ってしまった。

魔女とは悪意の象徴。人が過ちを繰り返すのをただ黙ってみている、と、そう、そのように、ミアは以前部屋にひょっこりと顔を出した綿毛のような髪、ふわふわとした、アメジストの瞳の女性に教えてもらった。

その魔女と出会い、ミアは自分の周りには「やさしみ」が溢れているのだと知った。気付いた、魔女の悪意の存在を知ることによって、その対照的な位置にあるという、その存在に気付かされた。

スモーカーの言葉の意図に気付けたのも、その変化ゆえのこと。そして、ミアは、それならば己はその心に応えたいと、そう思って一人ギルバートの部屋を飛び出したのだ。

「はな、して。魔女に、あいにいかなきゃ」
「一応俺、大将命令でお前を保護してやってんだよ。あんな化け物に会わせちまったらお前なんかひとたまりもねぇぞ」
「会わないと、いけないと、おもったの」

ぐっと足を踏ん張り、ミアは嫌々と首を振る。

あの日からずっと、ミアの部屋には魔女から借りた白いコートとワンピースが丁寧にハンガーにかけられていた。染み一つない、真っ白真っ白な服。

それを纏ったミアをギルバートは「お姫様みたいだ」と笑い、ミアはそれを嫌がった。そうして二人はお姫様と王子様、という魔女の無理やり押し付けた配役を拒絶して「それじゃあ家族になろう」とお互いの体を抱きしめた。

ミアは、それであるから、魔女に会い、お姫様の衣装を返して彼女の舞台から飛び降りようと、そう決めた。出会うはずのない二人、出会ってしまった、のを、もう一度「もう二度と出会わない。互いに互いの物語を、別々に生きていく」とその関係に戻そうと、そう決めた。

(わたしはこれからギルと生きる。魔女はずっとそこで、エンドロールのないお芝居をしていればいい)

「だからお願い、会わせて、セシル」

思って、言って、ミアぎゅっと紙袋を抱きしめる。と、掴まれていた腕がひょいっと放された。

「…?」
「俺、名乗ったっけ?」
「……ギルが『セシルくんにお世話になった』って、この前のことで、言ってた」

じぃっとこちらを睨むように見つめる目にミアは眉を寄せながらも答える。マリア、とこの美しい少年が呼ばれているのは知っているが、ギルバートは「セシル」と呼んでいた。だからミアもこの少年をセシルと呼ぶ。

セシルは黙った。黙ったまま、何を考えているのかわからぬ目でミアを見下ろし、紙袋、やや怯えるようなミアの顔を交互に眺め、ぐいっと手を伸ばしてきた。殴られるのかとミアはこれまでの経験からフラッシュバック、身構えで一歩後ろに下がるとそれも予測していたらしいセシルが躊躇うことなくさらに一歩踏み込み、ミアの首を掴む。

「なぁおいミア、猫の鳴き声みてぇな名前のガキ」

首を掴まれ、そのまま後ろ、の、壁に押し付けられてミアは軽く呻く。痛みに顔を顰め、薄く開く目でセシルを睨み返す。その間も紙袋は落とさない。これを必死に抱きしめている力を抵抗へとまわせば多少酸素も得られるだろうに、ミアはそうはしなかった。己の命とどちらがどちら、なんてことではない。紙袋を放棄することは、ミアの今後の人生の「自由」の放棄となる。それであるから、生きるためにミアは抵抗よりも紙袋を抱きしめる方を重視した。

それを眺めセシル・ブラウン、っは、と掠れるような笑い声を上げ、壁に押し付けたミアの体をずるずると下げ床に組み敷く。その上に馬乗りになって、これから殴り続けよう、というような殺気を放つ。

「バカかお前、なぁ頭が足りねェのか。お前なんかがあいつを拒絶できるか。これまで何人があいつの悪意に染められたか知ってるか。ハーデス、ノア、シェイク・S・ピアにカッサンドラ、ドレーク少将にコルヴィナス、ロブ・ルッチにドンキホーテ、あげたら全くキリがねぇ、立派立派な人生「だった」お歴々、力も心力も申し分なくあった方々が、あいつの所為で台無しになった。服を返しただけでサヨウナラができるなんて楽な話じゃねぇんだよ」

殴られると思った、が、一向にセシルの手は首から離れずただ掴んでいるだけだ。酸素を奪おうというほどの強さもなく、ただじぃっと見下ろし、荒げぬ声で罵倒される。いや、罵倒、ではないとミアは判じた。

「逃げたいの?セシル」

殴られた。

殴られないと思っていたら、殴られた。ぐっと、拳で鼻を狙われ、仰向けになっているため鼻から出なかった血が喉に回って、ごほり、とミアは咽る。

見上げたセシルの顔は酷く歪み、しかし美しい顔というのは歪んでいても美しい、いや、ミアはそこではっと、気付いた。ミアを殴り、そのまま手を放した少年、ぐしゃぐちゃと自分の顔を乱暴に拭って、そして、その顔が崩れた。

化粧だ。

彼をまるで「彼女」と思うように整えられていたのは丁寧に施された化粧が原因であった。それが崩れて、自身で暴いて、ぐっと、セシルが歯をかみ締める音がする。

「お前を、逃がしてやる」





++++





扉を閉めた途端、崩れ落ちそうになる体を何とか堪えた。全身にびっしょりと汗をかき、だが熱いのか寒いのか、自分の体であるのに判断がつかない。ただ扉を一枚隔てただけで先ほどまで感じていた恐怖が、嫌悪感が和らいでいくのを感じ、ギルバートはつめていた息を吐いた。

(あれは何だ、あれが、あれが、)

「大丈夫か、ギルバート」

混乱し、困惑、狼狽するギルバートに頭上から声がする。腰を屈め荒く息を吐いていたギルの向かい側、ずっとこうしてこの扉の前でギルを待っていてくれた「付添い人」のガープ中将だ。声音は心配する響き、顔はきっと顰められているのだろうとわかったがギルは顔を上げる余裕も、言葉を発するゆとりもない。ただ息を吸い、ガタガタと震えだしそうになる体を抑えた。

「扉から出て膝をつかんかったのは赤犬や青雉以来じゃ。センゴクの奴が知ったら喜ぶぞ」
「……」
「よく耐えたのう。よし、この後は水の都で美味い酒でも奢ってやろうか。ミアに水水飴の土産も買える」
「……ガープ中将」
「今の時期なら水ワインという面白いものが出回っておるはずじゃ。ついでに美食の街まで足を伸ばせればいいんじゃが、さすがにセンゴクに叱られるか」
「ガープ中将!」

ワハハ、と「いつものよう」に豪快に笑うガープをさえぎり、ギルバートはぐっと、一歩前に踏み出して顔を上げた。険しい顔、はお互い様、ギルはギリっと奥歯を噛み締める。

(あれは何です、あれは、あの、おぞましい、目に入れただけで嫌悪感を、憎悪を、覚えのない全ての負の感情を引き起こされ、そしてそれが当然のように思える、あれは何なのですか)

怒鳴りそうになる。押さえ、堪え、獣のようにフー、と息を吐く。

海軍本部、この世の正義の高み。大佐から准将、将校クラスに上がった海兵には必ず訪れる「通過儀礼」の一つ。

エニエスロビー。夜のない司法の塔の最上部の唯一つの部屋、薔薇の茨で覆われた白い扉の向こうへの入室。

そこに鎮座するもの。白い玉座に眼を閉じたまま、天窓の光を受けて輝くもの。豊かな海色の髪に、陶器のように白い肌。ばら色の頬と、唇。ふっくらとした柔らかな四肢の、美貌の女性。

「あれが。世界の敵、この世の正義の裏側に君臨する全ての悪と、罪の象徴。わしらが憎み、罵倒しなければならないこの世の、」
「……俺が聞きたいのは、そんなことじゃない!」

見上げる怒りを抑えるギルバートの肩を掴み、ガープが答える。この扉に入るときにされたのと同じ説明だ。ギルバートはガープの手を振り払った。恩人に、大恩ある人にする態度、ではない。だがどうしようもなかった。混乱し、そしてギルバートは脳裏に、マリンフォードに残してきたミアの、光輝く姿を浮かべ、霞んでいくその姿。

「あれは魔女だ!先日ミアを浚った魔女だ…!!!姿は違うが…ミアを苦しめたあの魔女が俺たちの絶対的な敵なら…!将校からでないと「会う」ことができないというのなら…!!!あんなものに出会ってしまったミアは…!!!」

先日の一件、なぜあれほど青雉やドレーク少将が「魔女には会わせられない」としていたか。ギルバートは知った。

生半可な心を持つものでは、あの悪意引き込まれる。染められる。それであるから、海軍本部の、准将、将校クラスからでなければ「引きずり込まれる」危険性があるから、と隔離され、秘密裏にされる。そして将校クラスに上がり、自身の正義に自信を持って、地震が来ても自針揺らがぬ強さを持てるようになって面して、彼女への憎悪と嫌悪を認識する。それが規則。絶対的な正義の通過儀礼、それであったのに。

ギルバートは背の、扉一枚向こうで自分が感じた恐怖をありありと思い出す。

静かに、その女性は目を伏していた。生きている気配はしない。ただ玉座に座り、君臨している。夢のような美貌の女。だがどうしようもなく、嫌悪感を抱く。この女が存在していいはずがないと、ありとあらゆる苦を与えられるべきであると、ギルバートの心とは別、人に刻まれた本能があの女を拒絶する。その本能と「その憎悪には覚えがない」と主張し自己を保とうとするギルバートの心が互いにぶつかり合った。ギルは自身の正義が勝ったから、その場で「儀式」の一環、眠る彼女の髪に青薔薇を挿し、その場を去ることができた。これでギルの本能が勝ち、彼女への嫌悪と憎悪と殺意が勝れば、ギルは帯刀した刀を抜いて彼女を「処刑」しようとして、影に隠れていた「見届け人」に「不適応」と殺されただろう。

ギルは勝利し、正義の海兵として認められた。それはいい、そんなことは、ギルにはどうだっていい。

ミア、ミア、ミアだ。今は、ミアのこと。

あんなものと「出会ってしまった」ミア。どんな影響があるかわからない。ギルバートは今すぐマリンフォードに戻らなければ、と制止するガープを振り払って走り出した。




++++





炒めたたまねぎとキノコを塩コショウで味を調え、牛肉の代わりに入れた鮭を加えてゆっくりと火に通す。型崩れせぬよう慎重に動かして続いて人参、ジャガイモを入れ、たっぷりの水を注いだ。大きな寸胴なべではなくてどこぞのご家庭にも一つはあるだろうカレー・シチュー用の手ごろサイズの鍋ではあるが,小さなミアにはかき混ぜるのも一苦労。ちょこん、と鎌の前に置いた踏み台に乗って木ベラを回す様子。

「料理長、何ニコニコと孫を眺めるような目してるんです。仕事してくださいよ仕事」
「ははは、いやぁ、マリア、いいじゃないか。どうせランチタイムも終わったし、私が仕事しなくてダメになるようなシフトは組んでないよ、うちは」

一生懸命調理をするミアを眺める料理長に突っ込みをいれながらマリアはジャガイモの皮をむく。本日のマリアの雑用。ジャガイモの皮むき1000個はまだまだ終わらない。

「ミアちゃんミアちゃん。辛かったら言うんだよ、おじさんが手伝ってあげるからね」
「…へいき」
「あー、もう、可愛いなぁ。うちのマリアと交換できないかな、ギルバート君、怒るかな、まぁ怒るよなぁ。あの海兵さん絶対怒らせたら怖いんだろうなぁ」

だらしなく顔を緩ませる、これが上級食堂の料理長と日々嫌味合戦をし最終的に相手を泣かせて帰ってくる一般食堂の料理長だとは誰が信じるだろう。

ミアを一発殴ったあと、マリアはミアを自分の勤務先である一般食堂に連れてきた。表には先ほどミアに悪戯をしようとしたバカ二人が逆さまにつるされてちょっと青白くなっており、ミアは視線で放してやってほしいと訴えてきたけれどそれはスルー、そしてこの調理室に連れてきてシチュー作成に取り掛かっているわけである。

「火加減を見るのを忘れんなよ。あっという間に焦げちまうからな。あいつ、味覚ねぇくせに妙に味にうるせぇから気をつけろ」
「…わ、かった」
「煮込んで沸騰したら火を止めて牛のミルク4に対してヤギの乳3、生クリーム2、豆乳1とバター、強力粉等を入れてそっちのレシピ通りに」
「う、ん」

悪戦苦闘しながらもてきぱき、とミアは言われたとおりに鍋に放り込んでいく。眺めながらマリアは自分はいったい何をしているのだ、と今更ながらにうんざりした。

(このガキが、化け物になろうがならなかろうが、俺の知ったことじゃない)

に出会った生き物は、必ず化け物になる。いや、本来、人は人との出会い、関わりによって少なからず影響を与えられ、変化するもの。は悪意によってそれが顕著なものになり、 禍々しく人をゆがめる。

たとえば己にしたって、と出会うまではただの料理見習いだった。今のようにスレたところなどなく、ただ「打倒上級食堂!」と燃えて先輩らと味を競い合う日々。

それがと出会い、今じゃ立派な化け物じみた性質の生き物。男の心と体の癖にフリルたっぷりな女の装い。自らの顔に女の化粧を塗りたくって当然のような顔になった。外見だけではなく、マリアは内面でも自分は変化してしまったと自覚がある。それら一つ一つを暴くのは苛立つので止めて置いて、マリアはじぃっとミアを眺めた。

といって別に、マリアは全ての責任をに押し付ける気はない。魔女はきっかけだ。元々内面にはそういう要素があったんだろう、と、今日母を見て納得した。つまるところは、魔女とは、人の内面、根底にある、本来けして浮上してくることのなかったものを呼び起こす切欠だ。

良い言葉に当てはめれば潜在能力を引き上げる。どこのナメック星の最長老だ、と言うような能力が、魔女の、魔女たる由縁であるのかもしれない。そしてその能力は魔女の「悪意」という性質が加わって必ずタチの悪い方向にしか進まない。

このミアという子供も、先日の一件でと出会った。遭遇した。関わった。無口な生き物。なんぞ過去に抱えていそうな問題のありそうな子供。に出会わなければ自分だけの物語の中で生きていって、その過去・しらがみの問題・騒動、を、きっとギルバート大佐や懇意にしているらしいスモーカー、それと彼女の世界にいて当然の連中とあれこれやって「乗り越えていく」ストーリーがあったはず。全ての時間はそのために当てられるキラキラと輝いたものであったはずで、少なくともこうして今日、このように、薄い明かりの下でシチュー作成、なんて予定はなかったはずだ。

「うんうん、見ている限り良い出来だよ!あとはじっくりコトコト煮込めばOKだ!私が食べたいくらいだ!」

弱火にして鍋のふたをしたミアをにこにこと褒め、料理長はその頭を撫でる。一応見習い身分のマリアがか釜を一つ自由に使うための見張りである料理長殿。そこまで見守ってあとはマリア一人残しても大丈夫だろうと、実際のところ暇ではない身分、そのままとっとと出て行った。その後姿を見送ったミア、おずおず、とこちらに近づいてくる。

「何?」
「……」

そうしてじぃっとこちらを見上げてくる目。流石に以前の小汚い格好で調理はさせられなかったのでミアは体を丁寧に洗い(水で)セシルのシャツを着ている。袖をまくって腰のあたりを紐で縛っている簡単な格好だが調理をする分には問題ない。マリアは自分の服を着せてみて、この生き物がとても小さな生き物なのだ、と改めて実感した。

そしてその小さなナリで、無謀にも魔女と関わった糸を断ち切ろう、というのだ。

逃がしてやる、とは言葉に出したが、実際のところマリアにはこれといって確信のある手があるわけではない。

ただミアがに服を返しに行くのが最善であると思い込んでいるのなら、その手助けはできる、とそういうことだ。

(あいつに食事作って、渡しに行くついでに服を返す。そんな程度で断ち切れるなら世話ない)

むしろ会うことでより一層縁が深くなるんじゃなかろうか。そんな気もする。だがミアは借りた服を突っ返せば自分の人生に心置きなく戻れると、そう信じているのだ。

彼女なりの計算、考えのもと、ではあるのだろう。

「バカだなぁ、お前。人間は化け物になれっけど、化け物は人間にはなれないんだぜ?」

近づいてきたミアの髪をくしゃり、と撫でてマリアは笑う。笑うと、ミアがぎゅっと眉を寄せた。寄せて、不快、というよりは気の毒そうな顔でこちらを見つめる。それでも口は開かない。無口、あるいは言葉を知らぬのだ、とそのように評価される子供。だが、どうだろうか。この様子、間近で見てみてマリアは一寸、その「設定」に待ったをかけたくなった。

少しだけしか言葉を交わしていないが、そのわりにミアの目は雄弁である。

どこぞの紅いノリノリな中佐殿が以前「言葉だけじゃない、手も足も、目も喋る」とそのように言っていたっけか。なるほど、この子供、無口、ではない。本当は何ぞ言いたいことがあって、その言葉の表現方法、もうとうに会得しているだろうに、それでも無口、のままでいる。目で語っているから、というのではない。

この子供、この、ミア、ミア、ミアという猫の鳴き声のような名前の子供、なるほど知らぬ、のではないか。

「お前さ、なるほどな、になんか出会わなくても、お前は元々化け物だ。ここで決別できたって、結局、お前は化け物のままなんだろうな」
「……」

くしゃり、くしゃしゃとマリアはミアの頭を撫でた。

ミアの半生にマリアは興味はない。それであるから「なぜ」「そうなった」のか解明しようとも思わない。だが彼女の無口さ、語らぬところの意図、というよりも結果、はわかった。

(このガキ、この子供、言葉の意味を知らない。話す事の意味を、知らない)

言葉を使う、会話、は意思の疎通。己を他人に「理解」してもらう第一歩。単純簡単明確なこと。ミアは、それを知らぬのだ。

別に言葉を使わずとも分かり合える、何てことも確かにあるだろうが、しかし、ミアは「分かり合える」ということをまず知らない。だから、分かり合おう、としないのである。

何もかもを自分の中で解決、自己完結。以上。終わり。私の苦労は私だけが知っていればいい。それで十分、不満はない。言い切る、良い、切れる切れる、人の輪。

(例えば今回のこの魔女との決別だって、ギルバートに相談さえしてねぇんだろ)

あぁ、なるほどな、一人でなんでも抱え込む、とはまた違ったタイプの、孤高。マリアは頷いて、くいっと、ミアの首を掴んで引き寄せた。

白い肌、赤い、兎のような目。春に咲く桜に似た色の髪、やや色あせてはいる、そういう色彩の少女。微笑めば砂糖菓子を口に含んだときのような、そんな柔らかくもどこか胸焼けするような、そんな心持ちがするのだろう。

(こういう生き物に「惚れて」しまえば、きっとおれはここから逃げられる)

驚くミアをそのままに幼い子供の柔らかな唇に己のそれを押し付ける。

ミアの後ろにある裏口から入ってきたドレーク少将と目が合った。






++++






「無礼者って、まぁそれは蛇姫の口癖だけどぼくもわりと使うんだよね」

繰り出された一撃をデッキブラシで受けようとして、あっさり真っ二つになった掃除用具。あれま、と一声の後にあっさりと投げ捨て、袈裟懸けに斬られた箇所を押さえる。胸部、乳房のあたりがぱっくり割れて、肉と、皮の柔らかさ、脂肪のぬめっとした独特の感触が指先に当たった。どっぺりと生々しい。、ぐっと、相手を見上げる。

ここはマリンフォード、いつもの海軍本部奥、ではない。マリンフォード、ではあるがエニエスロビー、裁きの地、なんていわれている尊い場所に行くための魔女の一本道。はひょこひょことその石畳の上を歩き、エニエスから海列車に乗って愛しき水の都へ行くはず、であった。

それを邪魔してくれたこの男。

「大佐、大佐、あぁ、違うね今日からギルバート准将殿だ。ぼくを「大事にしないといけない」海兵なのに今日この時点からの無礼、全くもってこれだからきみみたいなタイプは嫌いなんだ」
「ミアに何をする気だ」

言いがかりである。ふん、と鼻を鳴らしてはパチンと指を鳴らした。それで傷口は元通り。斬られた衣服はどうにも出来ぬのでひょいっと腕を振ってショールを取り出し体に巻きつける。

「全く失礼な。このぼくから何かするなんて、そんなことはこの二十年ばかり一度もないのに!」
「先日ミアを誘拐した奴が何を言う」
「あれはホラ!ミアくんがぼくのディエスにちょっかいかけたからってことで」
「それこそ言いがかりだな」

ふん、と今度は相手に鼻で笑われた。

なるほどこの男、に謁見してきたのか。それならこの態度もある意味頷ける。は、しかし「心外だ」という顔のまま未だ自分に剣を突きつける海兵を見上げた。

先ほどこの己を斬り付けたというのにその刃に血はついていない。己が消した、のではなく、血が付着す前に素早く引いた、それほどの技量を当然のように持ち合わせているとその刃が申している。なるほどはこぼれ一つなく、血の臭いのしない剣である。

はこの男の戦う様を目の当たりにしたことはないけれど、なるほど今のように、この男は返り血を浴びぬ、などというどこにでもある「一流」程度ではなくて、刃に血を吸わせぬほどの達者者。

そういう一つの道を極めた者。ミホークあたりが喜んでちょっかいをかけそうだ、とこの己が思えばフラグにしかならないので自粛して、は目を細めて相手の剣、掴んで刃を握り返す。

「おや、驚いちゃくれないのかい」

こちらが自傷したというのに目を見開きもしない。顔色一つ変えず、相変わらずこちらを悪の秘密結社総帥か親玉か、あるいは親の仇かのように睨んでくるその目。

「前回のことで、いくつか気付いたことがある」
「うん?」
「一つ、あんたは痛みを玩具にする。他人を傷つけてせせら笑い、なかったことにして弄ぶ。人は痛みを恐れ、強くなり、あるいは痛みを得て成長する。腕を振れば何もかもが元通りになるあんたは、変わることもないから、傷つくことを恐れないんだ」

そう宣言し、ぐっと刃を押してくる。の手をすべり(パックリと切れていく)そのままズブッと、心臓に刺さった。

そうして睨むその目がはっきりと申しているのがにはなんとも面白い。今こうしてが享受している痛みは、ミアが味わった痛みであると、そうこの男は言いたいのだ。かつてミアが苦しみ、味わった、それを苦しみとも理解できなかった幼い子、かわいそうなミア。ギルバートは彼女を助け、引き取った。彼女に与えられてきた痛みは今もミアの中に沈殿し、深いところにあって未だギルバートが掬い救うことのできぬ淀み。しかしその痛みもミアを構成するもので、ギルバートはある種の愛しさをその泥に抱いている。

そういう、人であれば必ずある痛みの泥をお前は持たない。だから己はお前を傷つけることに何の躊躇いも持たない。これまで血を吸わせずにいた己の刀に血を吸わせることを厭わない、と容赦なく申してくる強い、強い目。

「だからといって、「准将殿」がぼくを傷つけていい理由にはならないんだけどねぇ」

ころころとは猫のように喉を震わせて笑って、腕を振ろうとする、と、その腕をギルバートが掴んだ。

「そしてもう一つ、あんたは、ミアが妬ましいんだろう」

この己が珍しく息を詰まらせた。

はヒュッと不気味な音を立てる喉、開く瞳孔を自覚する余裕もなく掴まれた腕、その押さえようとする力をそれ以上の力で振り払って、ドン、とギルバートの身体を己から引き離した。

ずるりと抜ける刀身と、離れて行くギルバート。うろんな目でこちらを見下ろしてくる男から、は一歩後ずさった。

今のこの瞬間、はただ腕の力を込めただけ、であった。本来、に謁見した海兵はを傷つけることはできない。傷をつけても、が腕をひょいっと振れば、負った傷はそのまま相手のものとなる。それを、今この瞬間、己はしなかった。いや、できなかった。

確実な狼狽。困惑。動揺。いろんな、普段お目にかかれぬ面々がに親しげに挨拶をして胸の中に飛び込んでくる。

「俺はミアと家族になる約束をした」

沈黙するに、ギルバートは再び剣を向けた。突きつけられる切っ先。先ほどは感じなかった恐怖がガタガタとの心を侵食する。

「俺はミアの王子様にはならないし、なれない。だけど俺はミアを、大切な家族で、娘のようで、愛しくて可愛くて、守りたいから、俺はミアを守る。ミアの王子様が現れるまで、俺が俺の一切をかけてミアを守ると、そう俺は決めた。あんたは「それ」が、どうしようもなく妬ましいんだ」

たとえ相手が何であれ、ミアのために挑むという強い目。海軍海兵、准将として魔女と相対するのではない。シャンク・ギルバートという一個、でもない。彼は「ミアの保護者」としての自覚、覚悟、自信自身を持って、ミアを害する可能性があるのなら、と今こうして己に敵意を向けている。

「だからあんたは変化を齎す。ミアを守られるべき少女から違う生き物、爪を持つ化け物にしようとする。世界の敵、の影法師であるあんたの悪意は、つまりは自分の得られなかった「家族の情」を引き裂く茨の棘だ」

ボルサリーノの姪であり今はその身を追われた荒地の魔女のシェイク・S・ピア、白髭のところのカッサンドラの魔女キキョウ、数々な「少女だった生き物」がの頭の中に浮かぶ。もちろんギルバートが彼女らを知るわけがないが、そのように言い当てられているようで、はぎりっと奥歯を噛み締め、反論しようと顔を上げれば、の唇が呪詛を吐く前に、ギルバートが決定的な言葉を言い放つ。

「海兵に守られる世界の敵、だけど俺が自分の何もかもを投げ打ってミアを守りたいと思う心のように、あんたをその身をかけて本心から、愛情から守ろうとする者は誰もいないんだ」

容赦のない言葉、に、は顔を伏せ、もう聞きたくないと自分で自分の耳を塞いだ。

(ディエス!)





++++






ぎょっとするドレーク少将がすぐさま裏口をバタンと閉めてあたりをきょろきょろと伺うと、大股でこちらに近づいてガッとマリアの肩を掴んだ。

「こんにちは、ドレーク少将。お会いできるなんて嬉しいです、何か俺にご用でしょうか」
「恋愛は自由だと思うが…!!しかし…!!!ミアに手を出すなど、ギルバートに知れたら海に叩き落されるぞ!!!?」

大慌てという様子のなんともまぁ和む。安心安定のドレーク少将である。マリアは「俺のことを心配してくださるんですね!ありがとうございます」と笑顔でお礼をいい、硬直しているミアの額をパシン、と指で弾いた。

「何放心してんだよ、フレンチキスの一つや二つ、減るもんじゃあるまいし」
「………」
「え、何?ファーストキスなわけ?ギル大佐にしたことくらいあんだろ」
「マリア、かわいそうだから追い詰めてやらないでくれ。君の普通はちょっと普通じゃないんじゃないかな、と私は最近思うようになったのだが…」
と付き合ってるとデフォになるんです、すいません」

辛辣でしたね、とすまなそうに眉をハの字にすればドレーク少々が慌てて「い、いや、咎めているわけではない。そうだな…彼女と関わると色々強くならねばならなくなるな…」などと一人で勝手に納得してくれる。マリアはにこり、とドレーク少将に微笑みかけ、硬直しているミアを放りスタスタと鍋の方へ行くとその煮込み具合を確かめた。

「いい出来ですよ、ドレーク少将。これ、水の都に行くっていうに土産に持たせようと思ってミアが作ってくれたんです。パウリーさんたちと一緒に召し上がってもらおうって」

己や料理長が横で見ていただけあって出来栄えは期待できるだろう。マリアはミアがに「遭遇するため」のお膳立てとして「ミアはの遊び相手」とそういう役割を用意した。

それならひょこひょことの元へ行くのを咎められる可能性は低いし、も水の都の、(あの魔女が何の冗談かと疑うほど大切にし慈しんでいる)養い子へと贈られたものを無碍にはしない。

なぜシチューかと言えばミアに「お前何作れる?」と聞いたところ、料理なんてしたことのない少女、困ったように眉を寄せ、それなら「何が食いたい?」と質問を変えた。それでミアが答えたのがシチューであった。なんとも安上がり、いや、王道。持ち運びが不便だとか色々思うことはあったが、ならどうせ腕をひょいっとやれば暖かいままの鍋を保存することができるだろうとマリアは問題にしなかった。

「先日から服を借りたお礼にって、本当、見習わせたいですよね、その気遣いの心」
「あぁ。いや、……まぁ、そうなんだが、の場合は何もしないのが一番の気遣いになるんだろうな…」

ぼそりと本音を漏らしてくれる、それがマリアには嬉しい。なんぞいつ死んでも構わないしぶっちゃけできる限り苦しめと日々お星様にお願いして止まないが、しかしそれでも、ドレーク少将と自分の中の共通の話題であり、秘密でもあるのがであることは、認めている。この秘密がなければきっと自分はドレーク少将に「こ、このことは内密にしてくれないか」とバツの悪そうに言われたり、時折「…すまない、少しここで休ませてくれ。またあいつが…」と事情を知る者であるマリアを頼って本来将校が利用せぬ一般食堂に来てくれる。

(つまり俺は、ドレークさんを好きでいる限り、あいつからは逃げられねぇんだ)

わかって、しまっている。多分己はこのままで行くと、本来予想していた、あるいは予定されていた「見習いを経て立派な料理人に!」という人生は歩けない。何の間違いか性転換してのレディスメイドなんてやる日の方が可能性としては高くなるんだろう。

(だから俺は、ミアを好きになるべきなんだ)

ミア、ミア、ミア、を好きになれば、きっとここから逃げ出せる。自分はドレークさんへ不毛な恋心を抱くちょっと変わった生き物、ではなくなって、歳相応に可愛い女の子、ちょっと無口で、けれど心になんぞ抱えているような物語のヒロインになれるだろう子に懸想する、名も無い海軍の料理見習い、になれる。

(だけどそれは無理なんだ)

「セシル」

自分はどうしたってドレークさんが好きで、自分の以前の趣味にどんぴしゃなミアにキスしたってちっともときめかない。寧ろドレークさんに目撃され「嫉妬とかしてくれたら俺見込みあり?!」などと思っていた自分、もう、己は諦めるしかない。

「ん?なんだよ」
「どうしてきす、したの」
「挨拶だよ」
「おわかれの?」

問いかける赤い目、見つめて映る自分の情けない姿にッハとマリアは微妙な笑い声を立てて、くしゃり、と自分より小さいミアの頭を撫でる。

「あぁそうだ。サヨウナラだ、ミア。こっちに居続けるしかねぇ俺が、あっちに行けるお前にサヨウナラの口付けだ。俺とお前、一体何が違うのか、触れればわかるかと思ったけどよぉ、」
「触れればって、すいません、セシル君、君は一体うちのミアに何をしたのかな?」

っす、とマリアの背が冷えた。いや、厨房は常に火が入っている。冷気などあるわけがない。青雉でも来たなら別だが、背後から聞こえた声はいつもの間延びしたやる気の欠片もない声、ではない。

殺る気に満ちドスの聞いた声、目の前のミアがぱちり、と目をやって「ギル!」と嬉しそうに声を上げた。

「おかえり、ギル」
「ただいま、ミア。姿が見えないから心配したよ。ダメじゃないか、俺がいないのに出て行く時はちゃんとスモーカーを呼ばないと」

あんた同僚を何だと思ってるんですか。
突っ込みたかったがマリアは留め、ミアから見えない位置でしっかり自分に当てられている刀の柄の感触にぞっと顔を引き攣らせる。

「ギルバート大佐」
「今日から准将だ。セシル君、先日は君にとてもお世話になってとても感謝していたよ。俺一人だったら大将青雉に呑まれていたかもしれない、君は俺がミアを取り戻す切欠を作ってくれたし、迷宮でも俺と一緒に歩いてくれた。とても感謝していたよ」

どうして過去形なんですか。あとなんで声笑ってるのにさっきから寒気しかしないんですか。

マリアは先日の様子からギルバートがミアに何らかの負い目があり「溺愛」していると検討付けていた、そしてそれがなんだか色々吹っ切れて「マジ溺愛」という形になってきているのだろうなぁ、とも予測はできる。

だがたかがキス一つでここまでマジ切れされるとは。

(殴ったとか押し倒したとかバレたら俺死ぬんじゃね?)

あと前半でミアにちょっかいをかけた二人は確実にこの世から葬られるんだろう。

ハハッと濃厚な未来に乾いた笑いを浮かべ、マリアはとりあえずの命乞いをしてみる。ちなみにこの間ドレーク少将といえば「助けてやりたいのだが、やはり保護者の許可なく未成年にみだりに触れるのは好ましくないと学んでほしい」という顔で頷き、ギルバートの黒い一面をミアに見せぬようそっと視線を外させている。(あぁそんなモラルのあるドレークさんも素敵です。とマリアは現実逃避をした)

「ミアがに会いたいっつーからその手伝いをしたまでですよ。シチュー作ってお届けにって、その手間賃くらいいいでしょう。減るもんじゃないし」
「そうだね、それで色々減ってたまるか。でもミアの何もかもは減らなくても、セシル君の何かは減るかもしれないよ」

寿命とかですか。

怖いので言えずにいると、ギルバートが「ミアがシチューを作ったって?」と先ほどの言葉を今更ながらにぶり返す。マリアは助命の役に立つかもしれない、とくるりと反転し、一歩後ろに下がると、そのままシチュー鍋に近づく。

「そうそう、これ、このいかにも美味しそうなシチューをね、なんとミアが一人で作ったんですよ」
「ミアに火や刃物を使わせたのかい?怪我をしたらどうするんだ」

アンタ面倒くせェよ!!

赤犬か!?あんた赤犬並に過保護なのか!?(以前に鋏を持たせたら同じことを言われた)怪我しねぇように俺らが見てたんだよ!その上料理する上で焼けども切り傷も覚悟の上だろ!つか海軍にいるのに何でお前そんな甘いんだ!!

突っ込みたかったがやっぱりマリアは命が惜しいので胸中で叫ぶのみに留める。すると、おずおず、とミアが前に進み出た。

「ギル、あの…あのね、私」
「ミア、うん、いいんだよ。ミアはこの前からさんに借りた服を気にしていたから、お礼と一緒に返したかったんだね。ありがとう、本当なら俺が用意しなければならないのに、ミアは良い奥さんになるね」

勝手にごめんなさい、と謝ろうとする養い子の頭を優しく撫でるシャンク・ギルバート大佐、じゃなかった、准将。先ほどマリアに殺気を放っていたのとはまるで別人である。何お前二重人格、と突っ込みたかったがやっぱりマリアはやめておく、と、ギルバートはひょいっとミアを抱き上げて片手で鍋の蓋を開ける。

「良い匂いだ。ミアの大好物だね。作りながらお腹がすいてきたんじゃないか?」

時刻は夕飯時にはちょっと早いが小腹がすくだろう時間だ。いえばミアの顔がちょっと赤くなった。図星であるらしい。恥ずかしそうにギルバートの肩に顔をうずめて隠す、その様子をにこにことシャンク・ギルバート准将は眺め、そして残念そうに顔を顰めた。

「でも、折角ミアが作ってくれたのに、残念ながらさんはもうマリンフォードにいないんだ。さっき俺が帰ってくる時に入れ違いになってね。今頃海列車じゃないかな」
「…そんな!!ギル、私、服を…!!」

魔女と決別する、とそう決意して今回のあれこれ。それが全て無駄になってしまう。ミアは悲鳴を上げるが、しかしギルバートはそんなミアをよしよし、と優しく撫でる。

「うん、わかってるよ。ミアのことは何でもわかってる。心配しなくていい、服なら俺からちゃんと返しておくからね。このシチューはもったいないから、二人で食べてしまおう。なに、さんだって許してくれるよ、ミアが一生懸命作ったものがこのまま冷えてしまうのは悲しいからね」
「でも、でも、ギル、私、」

自分でやらないと意味がない。ダメなんだ、とミアは強い目で訴えるが言葉にはしない。それをにっこりと笑ってギルバートが受け取る。いや、とマリアはそれを冷え冷えとした目で眺めて否定した。

何も言葉を受け取ってやしない。いや、もちろんミアの言いたいことを悟ってはいる。だが受け取りはしない。

(おいおい、俺、どっから突っ込めばいいんだ?)

自分の計画が失敗に終わったことを知ったミアは次第に大きな目いっぱいに涙を浮かべ、ぽろぽろと泣き出してしまう。無理もない、怖い思いをして酷い言葉を吐いて、それでも何もできなかった。無力感というよりは自身への失望だ。

そして今、自分が救いたかったギルバートが「変わってしまった」ことを、こうしてありありと目の当たりにして、ミアはもう、泣くしかない。

ひとしきり泣き続け、あちこち動き回ったため疲れていたのか眠ってしまったミアを愛しげに眺め、自分のコートでくるんと包むとギルバートは地面に転がっている紙袋を目で指した。

「セシルくん、すまないがそれ、それ、燃やしておいてくれ」
「自分で返すんじゃなかったんですか」

無駄とわかりつつ言って、マリアはとりあえずその紙袋を取ろうと近づき、その前にドレーク少将が拾い上げた。

「ギルバート准将、に何をされた」

あぁ、ドレークさん素敵です。

マリアはうっとりと、ギルバートと対峙する。ドレーク少将の最たる雄姿は自身の正義と優しさにかけて守らねばならぬの為に立つ横顔だ。普段どれほど煩わせられようと、遊ばれていようと、それでも「彼女を守る」と決めて赤犬にだって立ち向かう姿だ。

その姿を見るたびに、マリアはドレーク少将の優しさと自身の正義を貫こうとする強い意思に胸が高鳴る。

今すぐアタっちゃんを召還するにはどうすればいいのか、マリアが真剣に考えていると、紙袋を一瞥したギルバートがぎゅっと、ミアを抱き寄せて目を伏せる。

「ドレーク少将、貴方は今俺に「何をされた」ではなく、「何をした」と問うべきでした。それをしない、できなかった貴方は、やはり、俺と同じではないんですね」

気の毒に、とギルバートの言う言葉。ドレークに向けられたものではないとはマリアにもわかった。それなら何か、その対象、一瞬考えて直ぐに解り、マリアは今後全面的にギルバート准将を応援したくなった。

「……貴様…っ!!」

だがドレークはそうではない。ギルバートが「何をした」のか悟り、目を見開いて一歩前に進む、が、ギルバートはそのドレークを見つめ、自分の腕の中にいる、静かに寝息を立てるミアを彼の視界に入れる。

ドレークの身体が強張った。そしてギルバートがゆっくりと言葉を続ける。

「俺はミアの家族になったんだ。親は、子供を危険から守るものです。たとえそれがなんであれ、どんな法に守れていても、親はけして躊躇わない」
「……」

たとえばギルバートは、きっとミアが天竜人に浚われ傷つけられたと聞けば大将らの粛清もまるで恐れずにその連中に報復するのだろう。復讐、ではなくて報復。掲げて、それで自分が海兵としての人生を終わらせられて、それどころか今後一生命を狙われるとしても、自分の人生というものを全うできなくなっても、なんの後悔も持たぬという顔を一生続けるに違いない。

その宣言、深いミアへの真の愛情。

マリアは拍手をしてやりたくて、しかしドレーク少将への自分の心証を害するメリットはないと堪える。

何か言いたそうに、反論の言葉を捜すドレーク少将、その眉間に寄った皺をじっくりと眺め、マリアはコツン、と一歩前に進み出た。

「シチュー二人前。あとで部屋にお持ちしますよ。この俺が給仕をつとめます。それでさっきの件、チャラにしてもらえます?」
「考えておくよ」

にこり、とギルバートが笑ったのでマリアも微笑み返す。己ら、けして共犯者にはならないが、しかし、妙な同盟は結べるのではないか。そんな予感がし、マリアはスカートの裾を掴んで丁寧にお辞儀をした。

そうしてギルバートは階級が上に当たるドレーク少将に形ばかりの退室の言葉を述べて姿を消す。マリアはそれを見送り、くるりと身を返して、俯き掌を握り締めたままのドレーク少将に声をかけることなく、釜の火の中にの服を投げ込んだ。

ぼぅっと勢いよく燃えてゆらゆらと動くその影。振り返ってみてもドレーク少将はその影を視界に入れることもせず、ただ黙って目を伏せている。

(この人は、自分の矛盾に気付いているのに、それをいつまでたっても受け入れられないんだ)

と言って、受け入れてしまえばどうなるか、実体験があるマリアとしてはドレークさんはずっとこのままでいて欲しいとも思う。けれどきっといつか自覚してしまって、もしかするとドレークさんは海軍を辞めることになるのではないかと、そんなことを、このときマリアは漠然と考えた。

(ここは化け物ばかりだ)



Fin

 

 




(2012/03/19 20:45)

あとがき
解説は後日日記で書けたらいいなぁとは思ってます。
とりあえずいろんな箇所で解説が必要な話ですね。