寒い冬、ハイッ!温泉旅行先で事件に巻き込まれるバカッポー!!





※軽く「うみ×このなく頃に」のパロが入っています。






真っ白いコートをしっかりと着用させただけでは飽き足らなかったのか、首元は隙間無く下にスカーフ、マフラーで完全防寒、露出されるはずの手元には二の腕からガードできる長い手袋を着用させ、さらにもともととしたファーの着いた短い手袋で防備。足元は白のタイツにズボン、裾をしっかりブーツの中にいれて隙間など許さぬ構え。

そういう対策完璧!な格好のを見下ろしながら、ディエス・ドレークは「いや、まだだ」と首を振る。

「それと耳当てだな。先月買ったのがあっただろ」

言うなりくるりと背中を向けての部屋の衣裳部屋に姿を消す。甲斐甲斐しく世話をする姿はどちらかといえば過保護な父親であって、けして厳しい軍人、ではないのだけれど、それでもX・ドレークは立派な海軍本部将校だ。

「っていうか大げさだよ。耳当てなんていらないのに!」

散々時間をかけて支度をされたはそろそろ飽きていた。出発時刻まで余裕はあるけれど、ドレークのこの気合の入った過保護っぷり、時刻ギリギリまであぁでもないこうでもないと準備準備に費やすのではなかろうか。

「冬島を侮るんじゃない。お前は地面に近いんだからあっという間にすっぽりと雪の中に埋もれてしまう」
「まだ雪は降ってないはずだよ!ちゃんと調べてもらったもの!」
「だかいつ降るかわからないんだ。備えていっても足りないくらいなんだぞ」

普段のヘタレ加減が嘘のようにきっぱり言い切られはぐっと言葉を詰まらせた。魔女の叡智の所持者、どんな状況でも「こんなの前もあったよ」と涼しい顔で乗り切る可愛げのかけらもないであるけれど、それでもイレギュラーというものはある。、北国や冬島、とにかく寒さを覚えさせられる場所が極端に「嫌い」でここ数十年近づいてはおらず、ドレークの主張を言い負かせる手札がなかった。

「なんじゃァ、まだ支度しちょるんか」
「サカズキ!」
「大将赤犬。申し訳ありません、あと2時間ほど戴きたいのですか」
「……」

真面目な顔でいうドレークにさすがの赤犬も一寸黙った。

「1時間で出る。大方が騒いで邪魔しちょるんじゃろう。、大人しゅうせんか」
「違うし!ぼくすっごい良い子にしてるし!ディエスが細かすぎるんだよ!」

の旅行鞄にあれこれとドレークが詰めていく。そうしているとひょいっと顔をのぞかせたのは、と比べれば大したことはないのだけれど、それでも一応の防寒はしているサカズキが姿を現した。といって能力的に防寒の必要性はなく、周囲に「見て寒いです」と言われぬよう礼儀ゆえの防寒ではあるが。

現れたサカズキは部屋の状況を確認し、何やら憤慨しているの頭をぽんと抑える。

「今更行かねェたァ言わんじゃろうな」
「言わないよ!っていうか言って聞いてもらえるなんて思ってないし!」
「バカタレ、今回の移動はおどれの療養が目的じゃろうがい」

言ってサカズキはを軽々と抱き上げるとマフラーに隠された首をあらわにし、丁寧に巻かれた包帯に目を細める。数日前のことである。例によって例のごとく詩編を回収し海を回るシェイク・S・ピアより「これはわたしの手に負えません」とそういう報告が入ってきた。それでが送られてきた情報を頼りに器物の回収に赴き、そこで無事回収には成功したのだけれど、その際に少々傷を負った。

ウンケの屋敷蛇の力で回復できる傷には限りがあり、詩編による報復はその限りではなかった。それで傷のふさがらぬ、サカズキとしてはどうでもいいのだけれど、そうはいかぬ世界政府。さて、どうすることもできぬのかと円卓会議が開かれて、そしてコルデ・ハンス家の地下に眠るベロニカ・C・ベレンガリアの「グランドラインの××島にある秘湯は魔女の傷も癒すのですよ」という情報提供により、サカズキが魔女を伴いその秘湯に向かう、ということになった。

罪人風情に大がかりな。そんなことをするのなら一つでも多くの悪を滅ぼすために時間を使いたい、というのがサカズキの意見であるが、政府上層部・及びセンゴク元帥から直々のお達しであれば拒否するのは難しく、また傷を負い不安定になっているが何ぞ仕掛ければ対処できる人間というのは、やはりサカズキしかおらぬのだ。

それでしようもなく承知して、そしてあと一時間ほどで出る。

が雪や冬に何かしらのトラウマを抱えていることはサカズキも気づいているが、といってこの「旅行」を中止するわけにはいかぬ。なかなか部屋から出てこぬのでてっきり駄々をこねているのかと様子を見に来たが、その心配はなさそうだ。

「……」

それにしても、とサカズキはの恰好を眺めた。

支度をドレークに任せたのは正解だった。北国出身、またへの気遣いを惜しまぬドレークはサカズキが予想した以上に完璧な対処をさせている。珍しくドレークを見直しつつ、サカズキはを下してドレークに向かい合った。

「留守は頼むぞ」
「え、ディエス来ないの?」
「おどれなんぞのためにそう人手をさけるか」

この旅行、船で目的の島まで移動はするがそこからはサカズキとの二人だけである。昨今海も荒れている。海兵は仕事に専念するべきだ。魔女なんぞの怪我の治療目的に同行するのは己だけでいいと、そういう考え。それに何かあった際に人は少ない方がサカズキとしても都合がよかった。たとえば海賊などと遭遇した場合、なら巻き込まれて死ぬこともない。

一応は「任務」ではあるが、今回の期間有給消化扱いにしている大将サカズキ。仕事人間のためこうでもしないと有給が有り余って仕方ないので、ちゃっかり利用しているといえばそうであった。

「え?ねぇ、ねぇ、ディエス、行かないの?」
「大将赤犬の言うことをちゃんと聞くんだぞ。ご迷惑をおかけしないように」

床に足をつけ、ひょこひょことドレークのそばに寄りながらが問う。その様子、父子か何かのようにしか見えない。

ドレークは不安そうに瞳を揺らして見上げてくるを見下ろしぽん、と頭を叩いてやるとそのままマフラーを巻きなおした。

「なるべく外には出るんじゃない。温泉に入ったらすぐに髪を乾かして布団に入れ。あぁ、温泉は湯あたりに気をつけるんだぞ。出歩いたら手洗いうがいをしっかりして、朝食は面倒臭がらずに食べるようにしろよ。それから、」
「そんなに心配ならディエスも来ればいいのに。っていうかおいでよ、行こうよ」
「だから俺は仕事が、」
「うん、おれもすっごい同行したかったんだけどね…!!でもいろいろ大人の事情があるのよちゃん!!」
「呼んでないのに出てくるな、クザン」

ぎゅっとがドレークのコートを掴んで強請る声に間延びした、しかし中々本気の声が混ざった。ドレークのものではない。生真面目海軍選手権があればぶっちぎり優勝候補、今日も仕事しません大将青雉クザンのご登場である。

当然のようにげしっ、とサカズキは同僚を蹴り飛ばしから遠ざけてその胸倉を掴んだ。

「えぇか、よう聞け」
「え、何お前超マジな顔してんの?」
「わしがおらねェ間海軍が手薄になるっちゅう事実に変わりはねェ。屑どもが調子付かねぇよう気を引き締めろ」

ぐいっとクザンに詰め寄り言い切れば、普段やる気のない同僚、その本気の忠告に眉を潜めた。

「普段お前がいて緊張しまくる海兵も暫くダラけられて良い息抜きになるよな」
「よし歯ァ食いしばれ」

きっぱりはっきり言い切った、同僚の顔をサカズキは容赦なく殴り飛ばした。




+++




航海は無事終了、珍しくなんの問題もなく件の島に到着し、ステップからタンタンと軽やかな足取りで島に足を付けた途端、はピクンと表情を強張らせた。

「……?おや?」

今一瞬、なんぞ妙な気がした。

は片足だけ島の地面を踏み、もう片方はステップに置いたままという体勢でぴたりと停止し辺りを窺う。

グランドラインのとある島。秘境というほどではないが、貿易のさかんな島ではない。周囲は海流が強く海軍本部の軍艦やしっかりとしたガレオン船(一流の航海士が乗っているという前提の)でなければ到着できぬという厳しい条件のあるその土地。そこに魔女の傷を癒す温泉があるとかないとか、まぁそんなことは正直にもどうでもよかった。サカズキが興味を持たぬというのならそれに追随するのが最近の思考。しかし政府の熱心な勧めがあるからと従うことになって、まぁ、それはやはりどうでもいい。いや、もちろんあるにこしたことはないのだが。

(何もおかしなことは、ない)

ぐりりと見渡す周囲。平平凡凡な港だ。漁師の数は少ないのか漁船は数えるほど、磯の香り、ウミネコの鳴き声、冬島特有の乾いて凍りつく、刺すような空気。違和感はない。はずである。

しかし一瞬、何か妙な気配、いや、感覚がの身に確かに感じられた。

は踏み出した足を器用にステップに戻し、再度地面を同じ足で踏みしめてみる。

「……」

今度は何もない。一度だけのものであったのなら再度、というのは無理だが、とりあえず動作がまずかった、ということはないというのがわかった。は眉を寄せ、今感じたものは「気のせい」であるのかと思案する。

「どうした」
「サカズキ」
「いつまでも突っ立っちょるんじゃねぇ、邪魔じゃろうがい」

立ち止まっていれば後ろから急かされる。

この軍艦はとサカズキをこの島で降ろした後にまた少し進んで演習訓練を行う。元々演習訓練が先に予定に入っておりサカズキは態々軍艦を一隻移動の為に用意するよりついでに運ばせればいいと、そういう気安さ同乗した。演習が終わる一週間後にまた港に立ち寄るのでそれに乗ってサカズキとも本部に戻ることになる。

既に船上にて挨拶等は終えている。とサカズキが降りねば出港できない。それでいつまでもぐずぐずしているなと注意を受け、は慌てて足を動かした。

ぱたぱたと降りて、自分の後ろからくるサカズキを見上げながらは現在感じている「疑問」をきちんと報告する。

「あ、うん。ごめん。ねぇサカズキ、今ちょっとね、妙な気配があったんだよ」

気のせい、程度のものであるから告げずともよいのかもしれないが、は悪意の魔女である。魔女の悪意とは「人が過ちを繰り返すのをただ黙っている」というもの。その身の上で考えれば己が感じた違和感、が今後なんぞに結びつく可能性は強く、本分を全うするならそれを黙っているべきであるけれどサカズキ相手に魔女の悪意を振りかざしたら自分の身が危ない。

面倒事の可能性があるのならたとえ「気のせい」程度のことでも進言すると、そういう胸の内がわかっているらしい大将殿は一拍ほど間を開け、やはりと同じように周囲を見渡し目を細めた。

「……わしは何も感じねぇが」
「ぼくも気のせいかな、とは思うんだよ。でもこの島に一歩入った途端、なんかね、気配、じゃなくて何か妙な、ぞわっとするような感じが一瞬したんだ」

潮風が首筋を撫でての悪寒ならわかる。だがの体はドレークの完全コーディネートによって一分の隙もない。今だって肌着に仕込まれたベカパンク最新作の防寒機能(繊維が水分を吸収し発熱する機能)のおかげでぽかぽかと暖かく、さらには傍にサカズキがいるため「え、ここ本当に冬島?」と疑問に思うほど周囲の気温、体感温度は暖かい。

「まぁ、嫌な予感っていうほどじゃないし、ここでぼくが「何か嫌」って言ったって今回はどうしようもないってわかってるんだけどね」
「なんぞありゃァわしが対処する。とにかくおどれの傷を塞がにゃ、帰れねぇ」
「だよね」

お上が決めたことだ。サカズキは是が比でも全うしようとするだろうし、もこの妙な感覚のために温泉をなかったことにするのは本意ではない。

というか、第一サカズキがいるのに何か問題が起こるわけがないじゃないか。

は大きく頷いて、大股で歩き出したサカズキのあとをぱたぱたと付いて行く。ちらちと一度軍艦を振り返れば海兵たちが皆こちらに敬礼しているのが見えて慌てて前を向いた。

「ね、ねぇサカズキ、あれ恥ずかしいね」
「やめろっちゅうたが聞かんかった」

海軍コートも脱いでいる、今回は「お忍びの」ということであっても、海兵たちの尊敬する大将殿のお見送り、妙に強い意志で実行されてしまったようだ。は「うわぁ」と顔を赤くしながら、港に現在人毛がないことに安心した。

「あれ?確かお迎えの馬車が着てるはずなんだけどねぇ」
「時間はあっちょるけぇ、遅延か?」
「海列車やバスじゃないんだし遅延ってことはないと思うけど」

少し歩くと港から山の上の旅館に向かう途中にバスの停留所がある。予定、というか手配通りであれば船が到着する前に既に馬車が止まっているはずである。しかし周囲は閑散としており、馬車が来る様子もない。はおや?と首を傾げ、停留所に駆けてゆきしゃがみ込む。手袋をすぽんと外しわきに置くとそのまま地面をあちこち触り始めた。

、」
「うん、ちょっと前に来たみたいだね。それで、十分くらいして誰か複数人乗せて行った。ぼくらが乗るはずだった馬車にね」
「なぜわかる」

なんぞ魔女の叡智でも使ったのかと厳しい目をされたのでは首を振る。

「まさか!車輪のあとを調べてみれば深さの違うものがあるし、煙草の吸殻も落ちてる。馬車に乗り込む時に踏み込んだ足跡もあるし、このくらいなら何か道具を使わなくてもわかるよ」

ここで調子に乗って「初歩的な推理だよワトソン!」などと言おうものなら即座に蹴り飛ばされるので自重し、は困った顔で首を傾げサカズキを見上げる。

「でもどうしよう」
「歩きゃァえぇじゃろう。幸いまだ雪も降っちゃいねぇ」

やはりそうなるか。眉を寄せた。滞在期間が一週間ということでそれなりの荷物になっている。もちろん旅行の道具は必要最低限、というのが常識であるしアーサーの手配で旅館にあれこれと用意はされている。だがそれでもの荷物でトランク一つはあるし、サカズキの身の回りのちょっとしたもの、でも(体格的な理由で)やはりトランク一つはある。

旅館までは一本道のはずだから道に迷う心配はないだろうけれど、山の上にあるのだ。普通に坂道がしんどい。

「………」

ここでデッキブラシやいつものようにひょいっと腕を振って荷物をしまいこむということをなぜしないのかという疑問にお答えしよう。簡単な話。現在傷を負った身ではそんな手品程度のことすらできないのである。それほどに回収した詩篇は強力での身を蝕んだ。

「わしはおどれを甘やかさねぇぜ」
「知ってるよ」

坂道を恨みがましそうに眺めるにサカズキがはっきりと告げる。元々期待なんぞしていないもあっさり答え「これがディエスなら」と思わずにいられない。ディエス・ドレークが一緒に付いて来たのなら荷物を持ってくれただろうし、足が痛くなる前におぶってくれるに違いない。しかし残念ながらあの海兵は今日はいない。いるのは容赦ない大将どのだけである。

まぁ諦めるしかないだろう。は溜息一つ吐いてからトランクを押して登ろうと手をかけ、自分が押すべきトランクがないことに気付く。

「………えっと、え?ごめん、サカズキ、どういうこと?」
「なんぞ文句があるんかい」

文句というか、今「甘やかさない」って宣言しなかっただろうか。は顔を引き攣らせ、なぜか自分のトランクをかついでくれているサカズキを見上げた。

「……燃やすのそれ?」
「燃やされてぇんか」
「それは困るよ!」
「わしとておどれにできることとできねぇことの線引きくれぇするわ」

一応の体の状態は心得ている。到来の無茶のできる魔女の身ではなく負傷兵としてみれば荷物を持ってやるくらいは許容範囲だと言うサカズキには一寸驚いた。いや、もちろんサカズキは荷物はどうにかするが坂道は自分の足で歩けと言っている。普段のなら、それを誰か他の海兵に言われようものなら癇癪を起こしたけれど、相手はサカズキ。むしろ荷物を引き受けてくれただけ奇跡のように感じられ、はすたすたと歩くその背を呆然と眺めてしまう。

「さっさと来ねェか、置いてかれてェんか」

片手でのトランクを担ぎ、もう片方の手で自身のトランクを引くサカズキが坂の入り口で一度止まって振り返る。わずらわしそうにしながらの反応を待つ声に、はぱたぱたと駆けた。

「おどれ、急ぐようには言うたが走るな。転んでも知らねェぜ」
「そんなにあほの子じゃな、――きゃんっ!」
「阿呆の子か」

忠告を受けた次の瞬間見事にすっ転び、は鼻から地面に接触し顔をばってんにする。なんともお約束といえばお約束。慌てて身を起こし立ち上がろうとするがずきりと首、足首が痛んだ。

「……っ」
「捻ったか」

首はもちろん数日前からの薔薇の報復であるが、足首は今こしらえた怪我である。目ざとくサカズキは見咎めてため息を吐いた。

どうも何もかもうまくいかない。はばつの悪い顔をししゃがみ込んだまま体を強張らせる。手間をかけさせることになった。本当、どうして今日はこんなに何もかもうまくいかないのだろう。普段なら、物事はきちんと予定通りに進む。一種の退屈ささえ感じるほどにスムーズにいくというのに、どうも今日は厄日のようだった。

「サカズキ、その、ごめん」
「無駄口を叩くな」
「でも、」

この捻挫した足とてすぐには治せない。せめて謝罪だけでもさせて欲しいと態度で示すが「魔女の謝罪なんぞ!」とサカズキは受け入れはしない。はますます惨めな気持ちになった。

「ひと気のねぇ港じゃのう。だれぞ人に頼むっちゅう手は使えんか」

黙って俯いているとあれこれ思案したらしいサカズキは溜息一つの後、自分のトランクとのトランクを紐で縛ってからひょいっとをその肩に乗せる。

「サ、サカズキ!」
「騒ぐな。落ちて面倒を増やす気か、おどれ」
「そ、そんなつもりはないけど!」

言って落ちたら先ほどの二の舞である。はがしっと反射的にサカズキの首に腕を回してしがみついた。

「ようし、ようけ掴まっちょれよ。わしはディエス・ドレークと違いガキの面倒なんぞ見慣れちょらんけぇの」

それはもちろん知っている。ピアがまだ幼いころあやそうとして大泣きさせた男だ。は普段自分が肩車をしてもらうクザンや、肩に乗せてもらうドレークとは違う乗り心地、さらには高さを実感しごくり、と息を呑んだ。

まさかサカズキの肩に乗るような日が来るとは!!

付き合いは長いがこんな展開は予想しなかった。いや、本当人生って何が起きるかわからないもの!驚きと軽い恐怖でぐるぐると混乱しながら、グッグとしっかりした足取りで山道を行くサカズキに必死にしがみつく。

「サ、サカズキ、その重くない?」
「おどれ程度の体重なんぞ新兵時代に引いた丸太より気にならんわ」
「なぁにそれ、面白そう。サカズキも、そっか、新人さん時代あったんだよね」
「まぁいきなり将校にゃァならねぇじゃろう」

サカズキが昔のことを話すのは珍しい。は自分が恐縮しきっていても不興を買うだけとわかっているので、珍しい話題に食いついてみる。

この堂々とした今の姿からはどうも想像しにくいけれどサカズキにも若々しい新兵時代というものはあったのだ。が彼を知るのは中将時代から。つまり散々世界の悪意に触れもまれその上で自身の意地というか正義を確立させてしまった、いわば成長しきった後である。その前からも性格はそんなに変わっていないのだろうとは思うけれど、話をしてくれるというのなら聞いてみたい。

「サカズキも昔は訓練とかしんどかったの?」
「鍛えるんが目的じゃけぇ楽な訓練なら意味はねぇじゃろうがい」
「それはそうなんだけど。サカズキってなんでも問題なくこなすイメージばっかりだから。クザンくんは問題なくサボる方法ばっかり探してるイメージだけど」
「まぁあのバカタレはよう上官の目ェ盗んでサボっちょったのう」

そのたびにサカズキが見つけては殴り飛ばし二人で罰を受けていたと懐かしそうに語る。

「サカズキも一緒に怒られたの?どうして?悪いのはクザンくんなのに」
「殴り飛ばして騒動にしちょるからじゃ。軍は規律を重んじる」

それはもちろんにもわかるが、といってサボっているクザンを注意したサカズキまで一緒になって罰則を受けるのが納得行かない。だがサカズキが選んでいる、というのもわかっていた。サボっているクザンを告げ口しどうこうするよりはその場で処断、それに自分が巻き込まれても構わないとそういう考えからなのだろう。

自己犠牲とかそういうわけではなく、サカズキらしい白黒の付け方だとは苦笑した。

「今頃クザンくん、くしゃみしてるかもね」
「自覚がありゃァえぇがのう」

それは難しそうだとサカズキが眉を寄せる。顔が近くにあるため普段よりはっきりその眉間に寄った皺がわかり、はほんの少し顔を赤くした。

「?どうした。暑いか」
「う、うぅん。大丈夫。なんでもない」

なぜかドキドキとしてくる心臓(ってまって死体!)を上から押さえ込み、はきゅっと目を瞑る。こちらを気遣ってか常時よりやや体温を上げているらしいサカズキのおかげで寒さは感じず、また暑すぎるということもない。その恵まれた状況を改めて意識し、取り繕うように口を開いた。

「それにしてもこの島、人が殆どいないんだね。港もそうだったけどここまで誰にも会わないなんて」
「資料によりゃァ富豪の一族が私有の保養地としちょる島らしいからのう。それでも随時20人程度の島民はおるはずじゃが」

この島、山の上にある旅館、というより屋敷を最大の建物とし管理人夫妻に使用人、港に数名の漁師とその家族が住むだけの規模の小さい集落となっている。の目当ての温泉はその旅館をさらに越えた先にある山の中。屋敷所有の一族にはアーサー卿が許可を取り滞在できるようになっている。

活気のある島ではないのは理解できるがそれにしたって人が少ない。今は日が沈む3時間ほど前、これなら港に下りて上がった魚の仕入れをする屋敷使用人の姿があっても不思議ではないと思うけれど、それもない。最も漁に出た船がなさそうなので買い付けには行く必要がなかっただけなのか。

「少なくとも今日の夜ご飯にお魚は出ないんだろうねぇ」

サカズキはお魚好きなのにね、と残念そうに言えば鼻で笑われた。






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