差し出されたタオルで塗れたスーツを拭きながらサカズキは少女の言葉を思い出す。

「魔女と、おどれ、今そう言うたか」

己の主人を指すには聊か相応しからぬ言葉ではある。だが少女は「悪口の類ではない」という意識を持って使用しているように取れた。

「はい!奥様はこの島の魔女なんです。3代目で使える魔法は限られてるみたいなんですけど、小麦から兵士を作ったりできるんですよ。まぁ、皆同じ顔で奥様の命令しかきかないんですけどね」
「麦の兵士、先の使用人はそういうからくりか」

あぁなるほど、と一人納得しサカズキは「それではやはり当主の部屋には女主人一人しかいなかった」という可能性もあると再認識する。

少女はサカズキの独り言に首を傾げながらも話を続けた。

「おじさんその人だから知らないのかもしれませんが、この島には昔から魔女がいてお屋敷の人間を含めた島民たちは皆魔女を信仰しているんですよ。幸福の象徴だってことで」
「巫女、神官のようなもんか」
「あ、近いですね、きっと。いろいろ困ったことがあるとまず魔女に相談、っていうノリなんで」

だいぶ落ち着いてきたのか少女、随分とくだけた口調で話す。

話を聞きながらサカズキはその「魔女」というものは、どうもどうやら到来の意味での「魔女」としての色の濃い者のようだと判断する。サカズキの傍におり、海軍や政府、海賊連中の間で「魔女」とただその一言が指すのは悪意の魔女その人であるけれど、よく寂れた村や人の意識、御伽噺に出てくるような「魔女」というのは人より知恵のあるもの、金持ちの女、または人に妬まれるほどの美貌を持つ者を差別と偏見を持って「魔女」と人は罵ってきた。

「で、まぁ、奥様はその三代目なんです。大旦那様が黄金のありかをクラウス様に告げずにお亡くなりになったので奥様と旦那様が協力してこの島に隠された黄金を探しているようなんです。見つかるといいんですけど」

ボーナスが出るとは思ってませんけどね、と付け足して愛想よく笑う少女。

サカズキは「魔女」といえば関係の、世に災いをもたらすしか能のない罪人どもを思い出すが、このように知恵を頼りにされる存在である、と目の当たりにするのが新鮮であった。

ちなみにサカズキやが関わる「魔女」というのは悪意を扱いマジョマジョの実を口にしたりとそういう生き物。マジョマジョの実はその能力を持続させるための条件として「処女でなければならない」というものがあり、クラウス氏のご内儀は妙齢の女性、その条件は当てはまらぬだろうと判断。それならあの夫人はサカズキが討つべき「魔女」の対象ではなく、ただ人の意識には「魔女である」と当てはめられた才女だとするべきだ。

と、まぁ少女の情報提供によりあれこれわかることはあった。それいいとして、しかしそれでもまだ謎は残っている。というよりも、さらに謎は増えてしまった。

「やはり当主はおらねぇか。それで、黄金を探す夫妻は使用人連中に暇を出した理由は、おどれらの黄金探索の邪魔になるから、か?ありかのわからねェもんを探すなら人手はあるにこしたこたァねぇじゃろう」
「でも奥様には小麦の兵士がいますから。兵士の見ているものは奥様の頭の中に伝わってくるんですよ。なので島に人がいないほうが都合はいいんじゃないでしょうか?」

ぽんと手を叩いて話す少女、サカズキは何かひっかかるものを感じた。愛嬌のある、愛想の良い娘。年のころならマリアと同じくらいであろう、邪気のない様子。

なぜこの娘だけクビの対象から逃れたのか。そして当主が死んでいるというのなら、なぜ夫妻は自分たちが来るとわかっていて今日この日を黄金探索に当てたのか。

当主が死んでいるのに生きていると謀った理由についてはいくつか考えられる。実権を持つ当主が死ねば一族は荒れるだろう。黄金を欲している夫妻、中々金に困っているのではないか。それであるから当主が死んだと伝わりあれこれと問題が起きるのを避けて隠匿した。あるいはサカズキやの訪問を知りつつ屋敷に自分たちが滞在する理由に「気難しい当主の突然の思いつき」を利用したという考えもできよう。

「……とにかくまずはじゃァ。あれをいつまでも残しちゃァおけん」
「あ、お連れ様ですか?セシルくんが一緒にいるっていう…」

御部屋に戻るなら近道を案内しますよ!と勝手知ったる屋敷内、使用人の娘は「あ、私、お役に立てますね!さっきの罪滅ぼしってことで!」と大またで前を歩き出す。そのスタスタといく後姿、近道ができるのならそれに越したことはなくサカズキはコツン、と軍靴を鳴らしてついていく。なるほど近道と言うだけあり、2,3角と曲がれば覚えのある扉の前に出る。

サカズキはノックすることなく部屋に入ろうとして、扉の前でぴたり、と立ち止まった。

「………あのオオバカタレッ、誰の許しを得て勝手に出ていきやがったんじゃァ!!!!!!」

気配のない部屋の中、乱暴に扉を開けやはりもぬけの殻。テーブルの上にさらさらと細い文字で「ちょっと先に温泉に入ってきます。マリアちゃんも一緒だから心配しないでね!」とからのメモが残っているが、当然のようにサカズキはジュッとその紙を燃やした。

「え?え?え?あ、あの、お客さま……?」

ゴォオオオオと妙な振動さえ聞こえそうな背景。水で湿っていた服が一瞬で乾ききったサカズキをおろおろと少女が見上げる。
そんな少女の怯えなんぞ省みず、サカズキはキッと窓の外を睨みつけた。いつのまにか外は大吹雪、冬島らしい気候になっている。がいつ出て行ったのかは知らないが、この大雪、立ち往生しているのは間違いない。

「得たいの知れん企みのあるこの島で、足を捻挫しちょる分際で、わしに直接許可をとらねえで、油断すりゃあ凍るような天候で、あのド阿呆は若い男と仲よう混浴か!!!」
「え?なに?どういう発想!?」

あれ?!なんかこの人言ってることおかしくない?!と少女は顔を引きつらせた。

周囲がどれだけマリアちゃんを「萌えメイド」「美少女(笑)」「男の娘!」などと扱おうとサカズキの中でマリアこと、セシル・ブラウンはしっかりと男性判定されている。ゴッと八つ当たり気味にの寝ていた寝台を蹴り飛ばし、サカズキは窓に手をかけた。

ここ二階です、とか、外大吹雪ですよ、なんて突っ込みはこの男にするだけ無駄であるのだけれど、そんなことは知らない屋敷メイドの少女、はっとしてサカズキの服を引っつかんだ。

「ちょ、ちょっと何してるんですかぁあああ!!!何かショックなのはわかりましたが投身自殺なんていけませんよぉおおお!!!?誰が死体の処理すると思ってるんですか!!!!」

あぁああああ、と騒いで少女必死にぐいぐいとサカズキを部屋の中に引き戻そうとする。しかし子供の力で海軍大将が引っ張れるわけもなく、サカズキはガッと窓枠に足をかけた体勢のまま少女を振りほどこうとする。大人気ないとか突っ込んでやれるクザンがどうして今回同行しなかったのか本当に惜しいところだ。

そんな漫才のような光景、コツン、と第三者の足音がして、サカズキは咄嗟に少女を自分の方に引き寄せた。

「ご心配なさらずとも、魔女殿の御身はこちらで保護させていただいております」

振り返れば屋敷の主人、クラウス・スミスが慇懃な態度で立っている。丁寧に頭を下げるその様子。しかし彼がはっきりと「魔女殿」と呼称した、そのことがサカズキに警戒心を抱かせ、そして少女を背に庇うように部屋に降り立ってクラウス・スミスを睨み付けた。

「保護っちゅうよりも、わしに対して人質でも取ったような態度じゃのう」







++++





洞窟入り口にいつまでいても寒いだけなので、はマリアと奥へ進むことにした。一応防寒対策はしているものの冬島の吹雪の下で長時間待機するチャンレジ精神はない。

「あぁいう吹雪ってそう直ぐには止まないんだよねぇ」

ため息を吐き、肩を落とす。時間がたてば立つほどサカズキに不在を知られる可能性があるわけで、というよりももうバレてるんじゃなかろうかという予感もある。

「あ、でもまぁ、サカズキにバレたなら迎えにきてくれるだろうからそれはそれでいい…いや、うん、よくないよね、ちっともよくないよ」

サカズキの能力ならこの吹雪をものともしないのはわかっている。吹雪のなか湯気を立てた海軍大将がズンズンとこちらに一直線に向かってくる光景を想像しはガタガタと震える。

(お、怒ってるんだろうなぁ、やっぱり)

と、一応勝手に出て行ったことで怒りを買う覚えはある。しかし当人「マリアと一緒に御風呂にいったのが火に油」とは思いつかないでいる。なにしろにとってマリアは「マリアちゃんという性別」である。マリア当人はチラっと「つか、男の俺と風呂はまずいんじゃね?」と思っていなかったわけではないのだけれど、を女として見る気は欠片もなく、もし赤犬がまさか自分に嫉妬なんて無駄なことをしてきても「ありえません気色悪い、俺はドレークさん一筋です」ときっぱり言えばいいだろうとタカをくくっていた。

まぁそんなことはさておいて、とにかくサカズキの怒りをうっすらとは感じつつある、殴られることは覚悟し、それならやはり怪我を治さねばと決意を新たにする。

「といってもねぇ、あの温泉だったもの、はもう使えないし」
「血の風呂に浸かるとかお前には似合いじゃねぇの」
「死体でびっしりうまっちゃってるんだからゆっくり浸かるスペースないよ。あ、そういえば昔エリザベートっていう知り合いが血で若さを保とうとか考えてね」

先ほどの温泉は使えぬが、しかしもっと奥へ行けば源泉があるかもしれない。そう考えて二人は奥へ奥へと進む選択をした。その間もとマリアは程よい嫌味と皮肉と世間話のやり取りをし、あたりの気温はさらに低下していく。

そうして2人の話題がついにいかにお互いソリが合わないかの確認になって来た頃、先を行くマリアが何かに気付いた。

「…?なんだ、あれ」
「なぁに?マリアちゃん、また死体?」
「悪ぃが生きてるみてぇだ」

ほれ、とマリアが指差す先をを見てみる。ぼんやりとした洞窟の中で(もういい加減目が慣れているが)直立している青年が数人。

「小奇麗な身なりをしているね。マリアちゃん、お屋敷のひと?」
「俺が会ったのはメイドと旦那様と奥様の三人だけだ。っつーか、何してんだあいつら?気色悪ぃ…」

とマリアが暴言を吐くのも無理からぬ。薄明かりのなか身じろぎもせず同じ顔、同じ格好同じ背丈の、鏡で写したような青年たち。整った綺麗な顔をしてはいるが同じ顔が揃うと不気味である。

「へんなの、生き物の気配をしていないね。妙だねぇ」

おやとは首をかしげ青年たちの方に近づいてみる。こちらに反応はしない。ただガラス玉のような目でじぃっと虚空を見つめている。

「いち、にいさん、し、ご、ろくなな。うん、全部で七人。七つ子ってわけじゃあないよね?」

答えないと思いながらは青年たちを指差し確認をして首を傾げる。

「ってかこいつら、なんか守ってんじゃねぇの?なんだよ、その後ろの」
「うん?これかい?」

マネキンかこいつらとマリアは悪態をつき近づくと、彼らの後ろに何か大きな影があることに気付いた。布で隠されていて見えぬ。小柄なは青年たちの後ろにひょこっと手を伸ばしその布を取り払ってしまおうとした。

「…ッ!!マリアちゃん!!!?」

パシュッ、と軽い音が洞窟内に響き渡る。は咄嗟に後ろに突き飛ばされ、その代わりを庇ったマリアの肩から赤い血が流れた。

直立不動、精巧な蝋人形のようであった青年ら、が布に触れた途端にどこに隠し持っていたのか、アイスピックのようなものを素早く取り出してを排除しようと襲い掛かった。それに気付いたマリアが一瞬早く反応しと位置を入れ替わった。そうして人形たちはターゲットをマリアに変えて手に持ったアイスピックで無表情にピスピスと刺していく、この状況。

「…マリアちゃん正気?!ぼくを庇うとか頭おかしくなったんじゃないの!?」

庇ってもらってなんだが、は青年たちが突然動いたことよりもそちらの方が衝撃的だ。たんっと負傷していないほうの足で地面を蹴ってマリアの体を青年たちの下から退かす。布の位置から一定の距離を取れば青年たちは再び人形のようにぴたりとも動かなくなった。

アイスピックに毒が塗られている可能性も考え傷を確認するが、の魔女の眼で見る限りその心配はないよう。それでも一応表面の血は抜いて止血をはかる。いくつも小さな穴をあけられたマリア、は「どうして」と今更ながらに困惑した。その「不安」という色がわかったのだろう。マリアは「ッチ」と乱暴に舌打ちをして顔を顰める。

「すっげぇ不本意だ!だがお前が怪我したら、ドレークさんが悲しむだろ!「自分が傍にいなかったからだ」とか思って、想って、お前のこと、もっと考えるようになっちまうくらいなら庇ったほうがマシなんだよ」
「うわぁお、マリアちゃんったらぼくの感動を返してよ!」

さすがというか、なんというか男前な理由であるとは顔を引きつらせた。しかしマリアらしい言い分。はマリアがきちんと利き腕を庇ったことに気付き、やはりマリアは料理人として生きたいのだろうとこんな状況ながら実感し、にこりと笑う。

「で、どうしようかマリアちゃん。折角きみが怪我までしてくれたのだから、あの布の中身を知らないまま奥へ進んでみる?安全に」
「冗談だろ。こうもあからさまに怪しいものを放っておくなんてできるかよ」

怪我の功名で安全策を行くなどつまらぬとマリアは一蹴。どうせ怪我をしたのだからこれ以上負っても同じこととさえ言い切った男の中の男の娘にはパチパチと手を叩き、にんまりと口の端を吊り上げる。

「ちょっとグロいんだけど、マリアちゃんあとで一緒にサカズキに謝ってね!」

は自分の首からにじみ出る血を指につけしゃがみ込んだ地面に詩篇を刻むと、そのまま前足で思いっきり踏んだ。

スパンッとその途端対象物にされた青年ら7人の首が飛び、が指を鳴らせばそのままパァンとスイカを割るように砕け、るのが通常の効果である。

「……は?」
「おや、まぁ」

しかしが期待しマリアが覚悟した「グロ光景」は広がらなかった。

青年らの体は首が飛んだ途端にハラッと小麦になって掻き消える。

「おや、あら、まぁ、まぁ」

はとても素直に驚いてしまって、折角己が首の怪我を悪化させる覚悟で詩篇を扱ったというのに、知りたくもない事実を突きつけられただけなのか、と目を瞬かせる。

「ねぇ、マリアちゃん、どうしよう」

青年らの欠片となった小麦はの放った詩篇が食いつぶし跡形もなくなる。それはどうでもいいと取り合わぬは彼らの守っていたものがなんであるか、予想はついていたけれど確認の意味で布を取り払ってみて、そして困惑した顔でマリアを振り返った。

小麦の兵に木の葉の黄金。
間違いない。

「『イワンのバカ』には、ぼくの童話じゃァ勝てないんだけどなぁ」






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